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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
4「厩で出会った少女」
2日目。

少し落ち着いたのか、姫さま方も散歩に出て来ているらしい。何やら、窓の外を騒がしい塊が通り過ぎて行ったからたぶん。3回程。
「……邪魔なんですが。何もされないなら、どこにでも探検に行ってきてください」
アエラの掃除を珍しげに眺めていたら、ついに探検の許可まで出されてしまった。相当邪魔だったらしい。
「だって、外、姫様方いるっぽいし」
溜息をついて、ベッドの上に座る。
「今会ったら効果がない。何せ、たくさんの侍女に囲まれてるからね。こっちが全然侍女を連れてきてないとなったら、格下に見て話もさせてくれないよ。別に格下に見られる分には構わないけど、話せなかったら困る。目的が果たせない」
「目的」
「友達10人作ろう計画」
何とも小さな目標だ。しかし、ここにいる人数を考えれば、逆に多すぎるようにしか思えない。全員と友達になる気か。それとも侍女も計算に入れてるのか。
「だから、予定表を見て作戦を練ろうってわけ」
「でしたら、私の後ろについてまわったりせず、自室で大人しく悩んでてください。まだ片付けが終わってないんです」
「えー遅いなあ」
冗談ぽく文句をつけてみたら、盛大に睨まれてしまった。
「誰のせいですか」
「人をここによこすだけのお金がない領地のせい」
本当のことだ。ぎりぎりの人数で城の中を動かしているから、余計なことに人をまわすほどの余裕がない。本当は、今回だってキツかった。これは先行投資だ。少しでも上手く立ち回らないと領地を取り上げられるかもしれない。王都への旅費だけでも痛い出費だった。これで滞在費も実費だったら諦めていた。
それはアエラとしても頭の痛いことだったのだろう、サイラギを追及したりせずに深く頷いた。
「アトラス様に借金もしましたしね」
「悪いことしたなあ。でも、言いだしっぺだから仕方ないよね」
ここまで来るための馬車は、ラウスデル家の持ち物だ。アトラスに無理を言って貸してもらった。アッデライド家の馬車は少ない。領地内を見回るだけならともかく、長距離に耐えうるだけの馬が少ないのだ。幸いなことに、サイラギはいつも乗っている愛馬は元ラウスデル家で生まれた雌馬だ。相性が合わなければ一緒に馬車になど繋げないが、同じ家で育った兄弟だったために問題なかった。馬を代えなければならない事態にもならずにすんだ。途中、休憩させて専用の馬を馬借所で借りることもあったが、次の中継地で馬を返す時には元気になっていた。借りたのは1回だけだ。おかげで出費を抑えられた。
「フォロ、元気かなあ」
「気になるのでしたら、見に行ってらしてはいかがですか?」
「え、いいの?」
馬を管理するのはリューイの仕事だ。今もチェックしに行っているのだと思う。王宮の専門管理人に任せてあるのでさほど心配はしていないが、毎日サイラギが世話をしている愛馬だ。気になるのは当然である。
だが、馬を気にするなど、淑女のすることではない。乗馬は淑女のたしなみの一つだが、それで駆け回ったりまして世話をしたりはしない。
「気になるでしょう? 構いませんよ、それくらい。どうせひなびた田舎姫と思われているんです、どうということもないですわ」
「ひなびた田舎姫……そうだけどさあ」
言い方酷い。
ジト目で睨んでみたが、アエラは涼しい顔である。
「姫の恰好して行ったら、世話できないよ」
「嘘つかないでください。昨日着ていたのは誰の服ですか。……それに、持ってきてるのでしょう? 侍女にも見えなくもない服」
もともと、アッデライド家では侍女の制服など決まっていない。いちいち、そんなところにかけるお金はないのだ。さすがにアエラやリューイなど、人前に出る立場の者は服も揃えているが、よそゆき用と言っても過言ではない。
姫だからといって、大して服にお金をかけていないのが実情だった。今回の服を用意するにもひどく手間取ってしまったくらいだ。いつもは、そこそこ裕福な領主に仕える侍女と同じレベルくらいの服しか着ていない。いつ見られるかわからないので、今着ているのは少し上等なものなのだ。
「よくわかってるね」
「最終チェックしたのは私です」
「ありがとうございました」
「お礼を言うことも気をつけてくださいね? 姫が軽々しく目下の者に言うなんて――」
「わかってます気をつけます!」
小言がこれ以上続いてはたまらない。
サイラギはアエラの言葉を遮って駆け足で部屋を出ようとして、
「走らないで下さい」
アエラに注意された。
「うう、アエラはキツいよ。ミリアも早く来ないかなあ」
アエラはサイラギの姉的存在だが、ミリアはより友達に近い。悪いことをするのもミリアと一緒だった。アトラスと遊ぶことが多かったサイラギだが、馬に乗ってアトラスについてまわることができるようになるまではミリアと遊んでいたのだ。
ミリアが来れば、変装も楽になるのに。ミリアと背格好は近いのだ。小さい頃から一緒にいたせいか、どことなく似ているため化粧をしてしまえばごまかせないこともない。
フォロに乗って迎えにでも行こうかなあ。
アエラに怒られそうなことを考えながら、厩を覗くと、そこに人はいなかった。代わりに、美しい馬がたくさん並んでいた。
サイラギは馬が好きだ。きれいな毛並みをなでているだけで嬉しくなる。アッデライド家にいる馬よりずっと血筋も良く与えられている餌もいいのだろう、品のいい馬たちが整然と並んでいた。惚れ惚れするほど筋肉の流れが美しい。馬も自分の立場や、与えられているものをわかっているのだろう。だから、馬と主は同体なのだ。
サイラギはよく見るのはアトラスの馬だが、あの馬も美しかった。栗毛の雌馬でフォロの姉馬。フォロと仲が良いから、アトラスも連れて来てくれていたんだろう。ここにいる馬も、馬車で働かされているというよりは、『私は主だけのものなのです』とでも言いたげな誇り高い馬のようだった。
さすが名家ともなれば、姫用にこんな馬を使えるのか。羨ましい。
フォロを探しにきたというのに、ついつい他の馬に目を奪われてしまう。
サイラギを一瞥するものの、大して脅威でないと判断したのだろう、騒ぎもしない馬たちを順々にチェックしていく。フォロを探すつもりで、その実、馬に見惚れていた。
浮気してる気がしてどきどきする。
心臓の音が耳元で響く気がしてどきどきした。
それでも、馬から目が離せない。
だから、気付かなかった。普段なら、人の気配に敏感だというのに、後ろに近づかれているというのに。
「こらっ、そこで何をしている!」
「うわあごめんなさい断じて浮気はしてませんちょっと見惚れてただけです!」
反射的に謝ってしまった。
軽々しく謝るなとアエラから釘をさされたところだったのに。
恐る恐る後ろを振り返ると、呆気にとられた顔をした男が立っていた。どう見ても厩番ではない。馬を渡した厩番は老齢だが目つきのするどい男だった。人に対する愛想はなかったが、馬に対する目は優しかったから嬉しくなったのを覚えている。
それより、ずっと若い。
サイラギからは暗くてよく見えない。同様に、彼もまたサイラギのことはよく見えないだろう。
「……侍女か?」
「はい?」
間の抜けた返事をしたサイラギに、男はため息をついた。
「王妃候補らの侍女かと聞いた。馬車の中に忘れ物でもしたのか? ここには馬しかいないのは見てわかるだろう」
「いい馬しかいないですね。筋肉が素晴らしくて素晴らしくて。ブラッシングに使うものももう少し高いものを使ってもいいかもしれないと思っていたところです」
「は?」
いきなり熱弁してしまったサイラギに、男はついていけなかったようだった。はっと気づいて口を閉ざしてもごもごと誤魔化す。
「いや何でもないです忘れてください」
やってしまった。
馬について語れる人が最近いなかった。ついでに、馬を世話する機会もなかった。大切なフォロなのに、王都に近づくにつれ一目につくからとアエラから止められてしまったのだ。リューイを信用していないわけではないが、おかげで馬が眼の前にいるというのに触れられないという矛盾が鬱屈を溜めていたようだった。
「馬が好きなのか?」

男としても、どう相手していいのか困ったのだろう。しばらく黙ったかと思うと、唐突にそんなことを聞いてきた。
「はい好きです」
聞かれる意図はわからない。だが、正直に答えたからといって問題はないだろう。そもそも、ちょっと語ってしまったのだ、隠す意味はない。
「そうか。その格好は、王妃候補らの侍女だろう? 馬の世話係を女に一任しているのか?」
やっぱり侍女に見えるらしい。嘘はつかないように、相手の言うことは否定も肯定もせずにちょっと首を傾げてみせた。
「馬の世話係は私ではありません。ただ、私が馬を気にするもので、見て来ていいと許可をもらったのです」
アエラにだけど。
そこのところは誤魔化す。侍女だと思っている男に対しては、姫か女中頭から許可をもらったと思うに違いない。
「そうか。だとしたら、ここは違うぞ?」
「え?」
今まで剣の柄に手をかけていた男は、ようやく警戒を解いたようだった。今だに柄は握っているものの、すぐに抜けるほど強く握ってはいない。習慣程度に手を置いているだけだ。内心ほっとしながらサイラギは聞き返す。
「ここは、兵が実際に使う馬がいるところだ。確かにここの馬は美しいが、それは騎士とともにいる馬がほとんどだからな」
「え、ええええ? なんでそんなところが近くにあるんですか?」
「近くはないがな。ヒスリア宮と騎士の練習所は近いんだ。もともと、ここは使われてなかったからな。比較的王宮からも遠い故、多少馬が暴れても問題はない」
元後宮だからか。
納得しつつも、口には出さない。公然の秘密とはいえ、それを知っていることを相手に知られてはいけない。それを口に出せるほど、この男のことを知らない。
「申し訳ありません。少々、地理に疎いもので」
地図を見ながら来たつもりだったのだが。領地を見回る分には問題ない。しかし、たくさんの建物が並ぶ中の記憶力はない。木の種類やにおいで覚えることはできても、建物の種類で道がわかるほど都慣れしていないのだ。
「構わない。侍女、名前は?」
「え、あの」
「馬が見たいんだろう? 時間があるなら、ここの馬を見ていても構わない。姫君の馬は、見栄えはいいが実践にかける。筋肉が美しいなどと言うならば、こちらの馬のほうが好みのはずだ」
「も、申し訳ありません!」
覚えられていた。
顔を飼い葉桶に突っ込みたい。からかうように笑う男が格好良かったことも、恥ずかしさを助長する原因だった。
とはいえ、そこはサイラギである。見ていいと言われ、引きさがるような女ではない。
「見てていいんですか?」
「今から、俺も世話をするからな。ディアルも若い女子に見られる分には気にしないだろう」
「ありがとうございます!」
彼が引っ張ったのは、彼女好みの真っ黒な馬だった。鼻筋の星が美しい。こんな馬を世話するところが間近で見られるなんて、願ってもないことだ。
「私の名前はシェインです。ディアル……くん、ですか?」
第二の名前を名乗ることになってしまったが仕方がない。バレたらことである。おもに名乗る名前はサイラギだが、母親の名前を引き継ぐ慣習のため、名前が長いのだ。古い家系である証拠だが、名乗りにくくて仕方ないので滅多に使わない。今回だって、申請書には正式名を書いているが、最初に渡された出席表みたいなのには書いていない。
たぶん、ばれないだろう。信じることにする。
「ああ、雄馬だ。多少気性は荒いが」
「そのぶん美しいですねえ」
雄馬は扱いにくいが、美しく気高い。サイラギには扱える技量はないが、今度生まれた雄馬はリューイにあげようと思ってこの間から世話をさせていた。
「わかるか? 珍しいな」
「よく言われます」
サイラギはうっとりとした目でディアルを見つめる。目には品があり、荒々しさは見当たらない。ここまで馴らすのは大変だろう。
「すごいんですね」
世話をするために、厩から出す作業を手伝いながらもディアルから目が離せない。
「何がだ?」
「こんなに、すごい馬を馴らせるなんて」
うっとりとしたように言われ、男はせきこんだ。
そんな褒められた方は初めてである。しかも女。馬を褒められたことはあるが、男には見向きもせずに言われたことなどない。
「……そうか」
恥ずかしさがこみ上げる。
サイラギは気付かず、のんきに後で撫でてもいいですか、などと聞いた。もちろん、目はディアルに釘付けのままである。
「構わない」
どこの侍女だろうと思いながらも、男は聞けずに黙々と馬の世話を始めた。


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