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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
始まりの物語2
部屋に戻るとさっそくトレシーが街に出るための服を用意していた。
「目立たない方がいいんだけど………」
「ユイ様のご容姿では目立たないことは不可能ですわ」
ユイの提案は、速効で却下された。

それでもどうにかできるだけ装飾が少なく、かつ庶民に近いものを選んでもらう。行く場所が行く場所である。高価な格好をしていったがために出くわした災難を忘れてはいない。教える気はなかったが、「庶民の生活を体感したいの」と言ったら渋々引き下がった。
どうにか服の着せ替えが終わるとようやくトレシーは出て行った。彼女も他に仕事があるのだ。半ばユイの専属となってはいるが、本来彼女は王城で働くエリートである。バッハテルドの元に来ているのは出向扱い。報告もしなければならないのだろう。それを知っているから、ユイも必要以上に情報を開示しない。
ザイルが代わりに入室する。

ザイルは一瞬、ユイの姿にぽかんとする。最初に会った時は妙にふわふわした貴族のような格好をしていた。ユイの護衛についてからは、独特の「巫女」をイメージした黒を基調とした服をばかり着ていた。
今、目の前にいる少女はまるで普通のどこにでもいる女の子のようだった。幼い容貌と体躯のせいで、13歳くらいにしか見えない。トレシーがいるせいもあって、にこやかに笑う彼女は、本当に普通の女の子みたいだ。
(いやいやいや!)
一瞬浮かんだ考えを否定する。トレシーが出ていくと同時に、眉をひそめて睨まれたのでわずかに見えたその雰囲気は消えてしまった。見た目と目のアンバランスさがいつも通り。
監視対策らしく、表面上は笑っているが目が半眼である。
ゆるく首を振って「別に」と答えた。ユイはちょっと唇を尖らせたが何も言うことはなく、小さい声を発する。
「ルー。いける?」
「だいじょーぶ。結界は張り済ですよー」
ふっと息を吐いた。とたん貼り付けられた笑顔が消える。
「相変わらずその変化は俺には謎だよ」
「じゃあいつも笑顔でいてみな? わかるから」
揶揄するような口調でユイは髪をかきあげた。長い髪は苦手だ。暑苦しい。正直切りたくて仕方がないのだが、これまたトレシーに却下された。ライエにも反対されたので仕方がない。しょうがないので演出的に切りそろえている。
今は、トレシーの手によって綺麗に三つ編みにされていた。余計に普通の女の子のようだ。13歳前後ならば顔立ちが若干平たくてもさほどの違和感を与えない。
「で、どこ行きたいんだ?」
「まずは街の様子チェック。とりあえずザイルの解説付きでよろしく」
「あとは」
「あー……この間お世話になったんだけどね。リスチェ、って知ってる?」
ザイルは顔を顰めた。
いつも顔を顰めるか仏頂面だなあ、今度常に笑顔でいるよう命令してみようか、などと馬鹿なことを考えながらザイルの返事を待つ。
「知ってる。ヤンジェイル家の令嬢だろ? 庶民向けの私塾を開いてたな。あそこは、王都の貴族にしては珍しく平民にも公平だったし。俺も、あそこで勉強を習った」
「え、ああ――前ヤンジェイル卿って人?」
「さすがにそれはない。貴族が直接教えるなんてありえないだろ」
それをリスチェはやっていたわけだが。口にはしない。
「色々あって、俺も辞めたんだけどな。何だ、リスチェ様に助けられたのか?」
愛称で呼んだということは、やはり彼は知っているのだ。しかも、ある程度近しい関係。素知らぬ顔でユイは続ける。
「うん、大体そんな感じ。だから、行きたい。場所、わかるんだよね?」
「利用する気か?」
「わかんない。場合による」
ユイは正直に答えた。ザイルは味方だ。味方にはできるだけ嘘をつきたくない。嘘をつくのは、ここぞという時だけだ。
「リスチェが、今のままでいいなら何もしない。でも今を変えたいなら、助ける。代わりに利用する」
相互に利用する関係が成り立つならば、利用する。
言いきったユイをじっと見つめて、再びため息をついた。
「あんまりため息ついてると、幸せが逃げるよ」
「何だそりゃ」
そういう迷信はないらしい。
「わかったよ。連れていく。現状を変えたいのは皆同じだ」

ユイが何を考えているのかはわからない。だが、町によく出るザイルは知っていた。既にこの国の民衆は、貴族に飽いている。だからといって、貴族が腐敗しているかといえばそうではない。貴族は貴族なりの正義があり、その理念に基づいて行動しているのを知ってはいる。
民を保護するのは貴族の役目だし、そもそも政務官やら議員は金銭が懐に入る仕事ではない。それもあるから、平民はそういった仕事に就けないのだ。
ちゃんとした金銭が保証されているのは軍だけだ。

「……何それ」
変えたい現状って何、と詰め寄ると一応正直に話してはくれた。本人はどれくらい重要な情報を言ったのか認識してないのかとぼけてくる。
「何と聞かれてもな。どれのことだ? ほら、早く行かないと日が暮れるぞ。こっちは土産か?」
「うん、そう――じゃなくて!」
あからさまに誤魔化そうとした。それでは困る。
「少しは誤魔化されろよ」
「嫌だよ。ただでさえ騙されやすいのに」
「どこがだ」
「これでもまだ学生だし」
騙されやすいから、疑うのだ。最初から性悪説の人間が騙されているかを疑ったりはしない。
「……いいや。また聞くことにする」
もし町の人々が『反乱』でも考えているならば――ザイルは口を開かないだろう。おそらく身内が含まれているだろうから。
それを無理やりこじ開けてはならない。そこで亀裂が走っては、今後の関係に支障が生じる。
だから、別に、踏み込みたくないわけじゃない。
(怖がってる、わけじゃない。傷ついて、傷つけられて――そうじゃない)
今、ザイルにユイが求めているのは信頼できる相手なのだから。

ユイの考えていることに気付いてはいないだろうが、ザイルは土産を片手に抱えてドアに手をかけた。
「開けていいか?」
(いいんだけどさーいいんだけどー)
「いいって」
何やらぶつくさ言っているルーを無視して、頭を切り替えた。
にこやかに、演じるのは『16歳の無垢な巫女様』だ。大きめのつば付き帽子をかぶる。お嬢様風になってはしまうが、少しは顔立ちを隠す効果があるだろう。
「じゃあ、行こうかザイル」
苦虫をかみつぶしたような表情はやめろと言いたい。本来に近いユイを見ているから、巫女様面が気持ち悪いのだろう。ユイとてそう思っているのだから勘弁してほしい。
(どんな羞恥プレイだ! いやいや、切り替え切り替え。わたしは可愛い女の子。羞恥プレイなんて言葉は知らない)
ユイの心が読めるルーはどことなく複雑そうだ。読めないザイルは、表情を切り替えて答える。
「了解しました」
「行ってくるね、シロ」
シロは、今回はお留守番だ。心が読めるシロがいると、相手が警戒してしまう。部屋を荒らされないための留守番でもあるから、それなりに張り切っているのは雰囲気でわかる。
笑みがこぼれる。
「行こう」


リスチェはその日も普段通りの生活をしていた。
「先生! これどうやって解くの?」
「先生トイレー」
「うわああん、ガイが苛めるんだあああっ!!」
1、2、3。
心の中で3つ数えてから返事をする。短気はいけない。
「ちょっと待ってて。すぐ教えるから。トイレは年長者に連れてってもらいなさい。それからガイとザイ? 邪魔になるから取っ組み合いはやめて。ガイも殴らない、ザイも口出さない」
ひたすらに大変だ。これをやってた前任者はとても有能だったに違いない。実のところ、リスチェがここで教えるようになってからまだ日が浅かった。父親が亡くなり、叔父が領地を継いでとごたごたが続き、塾そのものが閉鎖状態にあったからだ。昔はこっそりと父親は子供たちに教えに来ていた。子供たちも時々教えに来る「変な先生」がまさか本物のれっきとした当主であるとは夢にも思わなかったようだが、それでも楽しみにしていた。
「相変わらず、大変だね」
待ち人の声がした。振り返ると、予想通りの人物が門のところで手をふっていた。
「シアン」
リスチェの顔色が少しばかり明るくなる。彼の登場に、ぴたりと子供たちの騒ぎ声がやむ。代わりにぼそぼそと何か話しだしたがリスチェには聞こえていない。慌てて門に駆け寄り閂を開ける。
「ごめんなさい。来てもらって」
「貴族のお嬢様から謝ってもらうほどのことじゃないよ」
「そういう意味じゃ――」
「はいはい。で、どうしたの?」
「子供たちを、見てほしい」
単刀直入のようでいて話が見えない。シアンは苦笑してリスチェの次の言葉を待つ。
「お客様が来るって連絡があったから。それに、私じゃ皆話を聞いてくれない」
ちょっとしょんぼりしているのがわかるのは、シアンとリスチェの長年の関係があるからこそだ。彼女をよく知らない人からすれば、いつも通りの鉄面皮に見えるだろう。
「子供たちは君に甘えてるだけだよ」
「甘やかしてはいけないわ」
相変わらず思いつめたような口調だ、とシアンは思う。私塾を彼女自身の手で開いてからまだそう日はたっていないというのに、リスチェは焦っているようだった。
「大丈夫。少しくらい甘やかしたって。女の先生を侮る傾向にあるからなあ、最近の男の子は。逆に迷惑をかけてるって気付かないのか、な?」
あえて大きい声を出すと、こっそり聞き耳を立てていた子供たちはぴくりと震えた。主に男の子である。
シアンのリスチェに対する態度を知っているからこそ、怯えていた。
「お客様は表門のほうから?」
「のはず」
「わかった。じゃあこっちは見ておくよ。行ってきな」
詳しい事情を聴く気はない。必要があれば話すだろう。あくまでリスチェは貴族の娘であり、シアンは豪商とはいえ平民の息子でしかない。その内実に踏み込み過ぎてはいけないことは百も承知だった。
「お願いします」
淑女の礼にシアンは苦笑する。前を向き直る彼女は凛としていてその周りの空気だけが清浄に思えた。
「さて――で、何からしようか?」
ひそやかに笑い、シアンは子供たちと向き合った。
「し、シアン!」
「先生だろうが」
呼び捨てにした生徒の1人に拳骨をお見舞いする。リスチェが見ていたら茫然とするだろう。彼女はこういったことに向いていない。
(さて、何の用だろう)
願わくば、彼女の平穏が保たれますようにと、それを願った。


(一体何の用だろう……)
まだ父親が生きて塾を開いていた頃の天才児。その才能がゆえに現在は軍に所属しており、平民の間では希望の星でもあった。
それが最近はなぜか神鳥の巫女の騎士となったと聞いている。平民出であることを考えれば願うべくもない出世だが、それは世俗の出世とは切り離されたことを意味する。王都の人間は喜ぶ者もいたし、逆に失望する者もいた。軍やひいては国をも変える存在になるのではないか、と期待していたからだ。
リスチェも何度か顔を合わせたことがある相手だ。その才能とは裏腹に、中身は極めて普通の青年であることはよく知っている。
そんな彼から、会わせたい相手があるとの連絡がきた。父親が既にないことは知っているはずであり、リスチェと連絡を取る理由など思いつかない。しかも特に用意すらできない当日の朝に連絡があった。
最低限の身なりを整え、準備をする。普段からリスチェの身の回りの世話をするのは彼女の乳母であった侍女だけだ。その彼女も、現在は床についており里に帰している。実際のところ、ここにいるのはリスチェ1人であった。治安の良い場所ではないからと叔父は心配そうだったが、リスチェはここを離れる気はなかった。週に1度の世話人は用意してくれているのは感謝している。
「本当に、何の用だろう……」
記憶力には自信があった。数年あっていないとはいえ、本人と間違えることはないだろう。現在は特に何の権力も持たない貴族の娘に何の用なのか。
――もう、あんな目を向けられるのは嫌だ。
切に思う。
叔父は良い人だ。それは間違いないし、有能だからリスチェとしても彼が領主であることに不満はない。だが、叔父の周りの人々は別だ。リスチェに対する好奇、侮蔑、そして。
頭を振る。
今はそんなことをかんがえている場合ではない。
門にある魔法探知機が反応して、来客を知らせた。
「はい。すぐに参ります」

出迎えると、彼は驚いた顔をした。リスチェ本人が出迎えるとは思ってなかったに違いない。だがすぐに立て直して仏頂面ながら丁寧な一礼をする。こういった動作は、ここに来ていた頃には出来なかったものだ。軍に所属する上で身に着いた物に違いない。
「お久しぶりです。リスチェ様」
「久しぶり。何の用」
「いきなり用件を口にするところ、変わってないですね」
失礼な言葉だが、少し懐かしそうに言われたので、寛大になることにした。
「入りなさい。用意はしてあるわ」
「あ、いえ先にご紹介します。ユイ様?」
彼の背に隠れて気付かなかったようだ。ぴょこり、と彼の後ろから姿を現した少女を見て驚いた。
黒髪に黒目。いや、それだけならばこの国にも南東に行けばいくらでもいる。問題はその顔立ちだ。この国の人間ではない、平坦な幼い顔。―――先祖がえりのような。
「――あの時は、ありがとうございます。嘘ついててごめんなさい」
声で、ぴんときた。
ありえないことだとしても、声と雰囲気が変化していなければリスチェは常識を疑う方を選ぶ。内心の驚きを隠し、平静な顔で尋ねた。
「この間の、侍女の方ですか?」
「何やってんだ」
ぼそりと呟かれた青年の声は親しげで驚く。
この国の人間ではないのはわかる。それでも服装や雰囲気で育ちが良いことくらいわかる。彼は、昔から貴族が嫌いだったのに。
「助けてもらってありがとうございます。あの子は来れないのだけれど、わたしだけでもお礼を言いたくてザイルに無理を言って連れてきてもらいました」
嬉しそうに微笑む彼女は、前回会った少女と雰囲気が一致する。多少年齢に違和感は残るが、それでも確かにあの時の少女だ。
姿を変化させる魔法が、ありえないなど些細なこと。
そうリスチェは結論付けて、門を大きく開いた。
「お入り下さい」
言葉が足りないとよく言われる。何か付け加えるべきか、と思案する間に少女は。
花が咲いたように笑った。
「ありがとうございます」

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