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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
始まりの物語3
前と同じように応接間に案内された。
普通に席に案内され、紅茶を入れてくれる。隣で立ったままのザイルは何故か驚いているようだったが、むしろユイは実は騙していたと知っても全く態度が変わらないリスチェに安堵していた。

これで、拒絶されるようなら全てが頓挫する。他に良い人材を探している時間はないのだ。長期戦を覚悟しているとはいえ、最初から失敗となるとさすがに萎える。
改めて見ると、文句なしの美少女だった。ザイルによればもう20は超えているとのことで、そろそろ結婚話が出てもおかしくないらしい。ユイ目線から『美少女』ということは多少童顔なのだろうが、それを差し引いても貴族の奥方として飾っておくに相応しい顔立ちではある。派手ではないが凛として涼しげだ。
「ザイルは、私に敬語を使わなくて良いわ。貴方、一度も私に敬語を使ったことがなかったもの。違和感がある」
ザイルはちょっと困ったような顔をした。ユイからも提案してみる。
「リスチェ様も言ってるんだし、敬語なくしたら?」
「ユイ様がリスチェ様に敬語を使っているほうが問題です」
ユイはちょっと困った顔をした。
本来の年齢で考えても一応彼女のほうが年上だと思われる。敬語を使わないでいるのは難しい。
「だって、初対面みたいなものだもの」
「立場を考えて下さい」
たしなめられてしまった。
身分社会は難しい。なかなか慣れない。
「じゃあ、少しずつなくしていくから。いい?」
ザイルは無言だったが、否定はしなかった。リスチェと目を合わせると、透明感のある瞳で少しばかり笑みを浮かべた気がした。
素直に喜んで良いのかわからない。ユイとしては、相手を利用する気でもあるのだから。
(罪悪感ばかり感じていても仕方がない。一応、リスチェ様にも利があるんだし。断れるし)
以前も飲んだ紅茶を注いでもらい、ユイの顔が自然とほころぶ。
「リスチェ様の紅茶、美味しいから好きです」
「ありがとうございます。どうぞ」
ザイルの分も注がれる。傍に立ったままなので、軽く裾を引っ張り座るように促す。
「ザイルも座って飲んでよ。すごく美味しいんだ」
「いえ、そういう訳には――」
「わたしが、気になるの」
あっけなく攻防は終わった。
存外素直に座る。個人邸宅とはいえ、貴族の屋敷だそれなりの防犯対策はしてある。いちいちユイの言動に反応していてはキリがない。
ユイが紅茶に手をつけていないので紅茶に手を出す気配はない。ザイルなりの一線である。これが毒物であったらどうする気だろう、先に飲んでもいいのだろうか。
ユイは少し迷って伸ばしかけた手を躊躇わせた。リスチェが不思議そうに小首を傾げる。
「どうぞお飲み下さい」
『くっ、なんて萌え動作!』
ついつい日本語で呟いてしまった。
ザイルもリスチェも当然のごとく理解できなかった。少し安心である。
「ええと、その前に。改めて、初めまして。ユイと言います。この間は嘘をついていてごめんなさい。変装していたので、本当のことを言えませんでした」
ぺこり、とお辞儀をする。この国ではお辞儀の形式は異なる。が、わざと行うことで『別の大陸から来た』ことを意識させた。重要なのは形式だ。
ユイはあくまで平凡な家庭で育っている。根っからの貴族に作法でたちうちできるわけがない。
「いえ。お忍びだったのでしょう。ユイ様のご容姿は目立ちますから、仕方ないことです」
良くも悪くも合理的なリスチェの判断は正しい。それは、貴族としては珍しいことだった。実際、今は比較的好意的な扱いを受けているが、ユイの容姿は蔑視対象でもある。『神鳥の巫女』というオプションがなければ、奴隷扱いでもおかしくない。
おまけに、試すような形での訪問となってしまった。零落した、とはいっても名家であることに変わりはない。宗家の令嬢としての教育を受けている彼女が、馬鹿にされたと考えたり探られたと考えても仕方がないくらいだ。
「私と一緒にいたあの子のことは、やっぱり言えません。でも、わたしのことは言いますね。わたしは大陸からの『旅人』なんです」
そのうち、ライエにも会わせるつもりではあった。しかしそれは今ではない。ライエ自身、リスチェに対して何らかの感情を抱いていたようであったし、今の彼女はリスチェにとってもライエにとっても、近づくことは百害あって一理なしである。
「それと、あと神鳥の巫女です。本当は巫女じゃないんですけど、神鳥と意思疎通ができるので巫女みたいなものなんです」
リスチェがすっとザイルに目を走らせた。
ほんのわずか思案する顔になり、それから口を開いた。口調に波はない。
「どうして、巫女になられたんですか?」
瞬時に多くの事情を処理し、その上で尋ねた。ザイルに注視した、ということはその辺りの事情も処理したということだ。予想以上の処理能力の高さに内心舌を巻く。
「えっと、神鳥に選ばれたからです」
すなわち、生粋の巫女というわけだ。これでリスチェがどこまで読み切るはわからない。だが、リスチェが理解したことを、『ユイが理解した』と思われても困るのだ。だからできるだけ平坦な言葉を選んだ。
貴族が押し付けた『巫女見習い』から巫女になったわけではなく、純粋に神鳥に選ばれた存在ということ。
リスチェは少し考えてから、口を開いた。
「お疲れ様です」
目を見開いた。
その言葉は――ユイにとって、予想外だった。
どこまで理解しているのかわからない。
わからないが。
(――――理解したのだとしたら)
わたしは。
「リスチェ様と、またお会いできてよかったです。色々、お話も聞きたかったし」
「平民語をお教えしたらいいんですね?」
「覚えていてくれたんですか」
「はい」
当然のように言うが、それなりに長いこと話したはずだし、時間も立っている。覚えていてくれたことに、訳もなく嬉しくなった。

「リスチェ様」
「何でしょう」
ユイは唇を舌で湿らせた。下を向くと、目が隠され表情が見えなくなる。
リスチェが引きこまれるように少し前に乗り出した。
「……あの時の言葉も、全部?」
あの時。

『助けて欲しいことがあるんです』

ユイは言った。どこまで出していいのかわからず、ただ願望を口にした。あの時の言葉は、ユイにとって珍しく何の計算もない言葉だったのだ。
リスチェが何を考えているかはわからない。表情の読みにくいタイプでもある。それでもある程度は信用できると思ったのは、あの時の態度があるからだった。

「お教えしますよ。ああ、あと大陸の方だから、この国のことを知らなかったんですね。そちらもお教えしましょうか?」
「え、あ――いいんですか?」
「構いません。お気になさらず。巫女様の立場なら、情報を制限されるでしょうからお気もちはわかります。私としても、巫女様と親しくなればその分本家からの待遇も変わりますし」
だから、これは利害が一致する。
そう言外に告げられた。その意味をわかっているそぶりを見せるつもりはない。ユイはへらりと笑って頷いた。紅茶を飲んで一息つく。少し温くなっていたものの、むしろ香り立つ。
「ああ、申し訳ありません。お茶受けを忘れておりました」
「え、いいですよ?」
「子供たちの親に、パン屋がいらっしゃいましてよく頂くのです。今朝焼き立てですので美味しいと思いますが」
「う……た、食べたいです」
ユイは食べ物に弱い。
正確には、この国の食べ物は大味であったり濃い味だったりと、美味しいとはいえ。いまいちユイの口に合わないのだ。和食が恋しいこのごろである。
だからこそ、逆に素朴な小麦粉のみで作られたパンは非常に美味しいと感じる。
リスチェはかすかに口元を緩めて、一礼して立ち上がった。


「ちょっと待て」
部屋を出ようとした途端、いつの間にか立ち上がったザイルに呼び止められる。ユイに聞こえないようにだろう、距離感の取り方が上手い。
「何」
涼しい顔を変えないリスチェに、苛立ったように腕を組んだ。
「何を考えてる」
「何を、と」
「ユイ様のお考えがわかってるのか? そもそも、本家からの待遇なんてそう悪くないだろう。お前が、あちらに利用される気ならな」
「そんなことありません。現在屋敷の維持は私一人です」
「あ、そうなのか――いや、そうじゃないだろう。何を考えて、ユイ様の提案に乗った?」
人聞きの悪いことを、とリスチェは呟く。
どうやらザイルはユイに甘いようだ。彼女が見たままの性格ではないことくらいわかっていそうなのに、いちいちこうやって言質を取りに来る。
(それだけ、大切なのかもしれないけれど)
その気持ちはよくわからない。
「何も。ただ、お力になりたいと思っただけです」
リスチェにザイルの気持ちがわからないのと同じように、ザイルにもリスチェの気持ちはわからないだろう。それだけの話だ。
「…………ヤンジェイル伯に何があった」
「別に何も。ただ、叔父上は良い方ですが、周囲が良い方ばかりではないので」
ザイルがユイに変なことを吹き込まなければ良い。リスチェが、何かを企んで、利益を持って近づいたと思ってくれていた方がいい。

きっと、そうでなければ近づかせてもらえない。

「ザイル? どうしたの?」
「何でも、ありません」
ユイの声に、リスチェは解放された。
(何がお好きだろう……甘いほうが良いかしら)
心なしか浮足立った動きで、エイサは調理場へと足を向けた。


「ザイル、本当にどうしたの?」
「いえ」
「いえじゃわからない。一応、これでも大切な用事なの。平民語もそうだけど、外から見た情報って大事なんだから」
「俺が教えるよ」
「ザイルも偏ってるでしょ。ずっと軍にいたんだから。その点、情報が入りやすい立場にいるし、貴族でそれでいて平民からも慕われてるリスチェは良い情報源なの。わかる?」
「………わかりますが」
ユイは口調を変えていない。そのためか内容がちぐはぐに聞こえる。ザイルが何を考えているかはわからないが、邪魔をされては困るのだ。
利害があって、それでいて味方になってくれて、といった人材は少ない。何を考えているかを読み取ることは難しいが、誠実なのは確かだ。子供たちが懐いているのを見ても、そのことはよくわかる。
「本当に、だから面倒なことして相手の機嫌損ねないでね?」
ザイルは答えない。
本当に、どうしたんだろうと思う。最初は騙すような形だったが、最近は比較的友好的にやっていたつもりだ。
(こんなところで、見捨てられたら)
不意によぎった考えに、背筋が震える。肌が泡立つ。
「どうした?」
ほとんど札を見せていて。
ユイの内実も知っていて。
――もし、裏切られたら。
ザイルの袖をぎゅっと掴む。怖い。
「ど、どうしたんだ?」
ザイルの声が揺れた。顔が見れない。考えすぎなのはわかっているのに、マイナス思考にスイッチが切り替わってしまったようだった。
「お願いだから」
ようやくでてきた言葉は、かすれるようだった。
「わたしの、傍からいなくならないで。裏切らないで――わたしも、ザイルの望みを叶えるから」
だから、見捨てないで。
その言葉は出てこない。
唇をかみしめる。
(ああ、こんなにも――わたしは、弱い)
ユイ自身は何も変わっていない。日本にいた時から結局弱い人間だった。誰かにすがって生きて、常に見捨てられないか怯えていた。
こっちに来ても、何も変わらない。
自嘲しかけて――不意に温かい手が頭の上に載せられた。
「俺は、戻れない。だから、裏切らないし――いなくならないよ。心配するな。『神鳥の巫女の騎士』は辞められない。だから、それを選んだ俺は、ユイと一蓮托生だ」
最後の言葉はわからなかった。
でも言葉の誠実さはわかった。
だから思う。
ごめんなさい、と。
「……後悔しても、知らないから」
「もう後悔はしてる。お前、何考えてるかわかりにくいから護衛しにくいんだよ。もう少しこっちを労れ」
「いたわれって意味知らないし」
「嘘つけ」
「ウソツキだもの」
言葉遊びのような会話。

だから、

少しだけ、またユイは笑った。

(…………知らないよ?)
ルーの声が頭に響く。ルーは神鳥だ。だから魔力のないユイとも頭の中で意志疎通ができる。
(何が)
(そうやって、人を受け入れて、後悔するくせに)
ぐっとつまる。ユイとてわかっている。別れが待っているのに、受け入れる人を増やしたくはない。
(でも、そうやって人と関われない人間は、結局裏切られるんだよ)
(知らないからね)
(ルーは、最後まで味方なんでしょ?)
(当然。だって僕は君を選んだ。異世界人で、召喚されたニンゲンだから)
(最初から別れを見越して味方になってるのは、ルーだけだから。ルーがいるなら、それでいい)

ルーからの返事をしばらく待ってみたが、結局その日は返事が返ってくることはなかった。

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