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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
始まりの物語4
「あら、どうかした?」
台所に入って来た人物に声をかける。
「ちょっとさすがに喉が渇いてね。で、お客様はどう?」
にこやかに笑ったシアンに、リスチェは外の井戸を指差した。

「今は入ることを禁止します」
自然とそちらを向いたシアンは、あからさまに顔を顰めた。
「あれは嫌だよ。この間汲んだら普通に虫が泳いでたんだけど」
「何の虫?」
「手足が長いヤツ」
「では大丈夫でしょう。水が綺麗なところにしか生息してないですもの」
「そういう問題じゃないよね」
呆れたように言われ、リスチェは首を傾げる。綺麗な水の中でしか生息できない虫である。毒も入っていなければ汚いわけでもない。沸騰させればちゃんとお客様にも出せる水である。
実際今使っている水はそれだ。使用人の仕事だった頃には知らなかっただけの話だ。だから、紅茶は美味しいのである。
「……うん、リスチェはそういう人だって知ってるけどね」
ちょっと遠い目をした彼は、幾分真面目な口調に切り替えた。
「お客様のほうは大丈夫? 年長組がある程度しっかりしてくれてるからそっちで使用人のまねごとでもしようか?」
「大丈夫。別におかしなお客様ではないし、多少非礼でも気にされないから。別に、本家からの人というわけでもないもの」
本家の娘はリスチェだろうに、というたわごとは胸の中に仕舞う。言っていいことではない。下手なことを言えば、リスチェの身が危ない。
彼の心遣いを知ってか知らずか、リスチェはパンを手早く切りそろえ――これも、父が亡くなるまではしたことがなかった仕事の1つだ――籠に詰める。まだ少し温かかった。
「それならいいんだけどね」
「子供たちの相手をお願いします。こちらは、何の問題もないから」
「ザイルが来てるんだろ?」
「そう。――ああ、なるほど。でもそういう理由で会わせる訳にはいかないから」
シアンの『外側の理由』を読み取って幾分表情を凍らせた。リスチェは、シアンが彼女を心配していることなど夢にも思わない。貴族でしかない彼女を平民は嫌っていると、そう思っているからだ。没落し、自ら働く彼女を、周囲の人間は同情しつつもどこかで安堵していると知っている。
「そうじゃないんだけどな」
シアンの呟きはリスチェには聞こえなかった。


「美味しい!!」
「――ありがとうございます。作り手も喜びましょう」
「うん、本当に美味しいです。お城の食べ物は美味しいけど、色々入りすぎて手。これ、小麦の味がします。焼き直したんですか?」
「はい。種を頂いてきて、我が家の窯で焼き直しをしました」
「リスチェ様の焼き方もいいのかもしれないです。焼いたとこの、香りがする」
手放しのユイの賞賛にもリスチェの表情は変わらない。ただ、少しだけ耳が赤い。ユイは冷静に観察する。
顔立ちはユイ好みの美少女。品のある仕草は貴族そのもの。褒められても表情が変わらないのはマイナスかもしれない。人から嫌われる要素になってしまう。ユイに取引を持ちかけてはいるが、どこか朴訥とした実直な人柄に見えた。
先入観は不要だ。
ヴィラエステル人は色素が薄いのか、髪の色は別として目の色や肌の色は薄い。中でも、リスチェは透き通るような肌をしていた。瞳の色と微動だにしない表情が相まって、人形のようにすら見える。
(………知らない人からすれば、世間知らずで傲慢なお嬢様に見えるかもしれない。苦労しそうだ)
一度考えを休止し、ユイはザイルを見た。さっきから手をつけていないのは、どうかと思うのだ。
「食べないの?」
「一応、仕事中ですから」
「だったら、わたしとずっといるんだから常に仕事中だよ? もっと気を抜かないと」
「そういうわけには参りません」
ザイルとしては、わずかでもユイの足を引っ張る要素になるわけにはいかないと、批難される要素を極力避けているつもりだったのだが。
「えー。そう。じゃあ、あーん」
(どうしてこのじゃじゃ馬は俺の配慮をぶち壊しにするんだ!)
リスチェが少しびっくりしている。ユイの考えが理解できない。まさか、ユイが単純に美味しいから食べてほしいと思っているなどとか夢にも思わないザイルである。
鼻をくすぐるパンの香ばしい匂いがした。口元にパンを持ってこられ、どうすればいいかわからない。
「いや、勘弁して――」
下さい、と続けようとした。
「えい」
開けた隙間を狙って、いきなりパンを突っ込んだ。息を詰まらせもごもご言うザイルを、けらけら笑う。
「美味しいでしょ。美味しいものは、皆で分けないと。一緒に食べないと美味しくないもんね」
ふっとわずかに遠い目をした。ザイルは黙る。ユイがまた、元の世界を思っていると気付いたからだ。
(あーこの反応久しぶりだなあ。やばい、楽しい)
そんなことを考えているとは全く思っていない。
「リスチェ様も、食べましょうよ。一緒に食べるって、いいですよね」
「――そうですね」
「はい、あーん」
ユイの強引さは先ほど見た。リスチェは諦めて――さらに耳を赤くして、口を開けた。ユイは身を乗り出すと、リスチェも体を少し前にずらす。今度は優しくパンを入れた。
(ああ、なんか、いい。これすごくいい。美少女が無防備に口を開けて、待ってて、そこにパンを入れるとかなんかエロい!!)
「………なんか、おかしい気がするんだが。気のせいですか?」
「気のせいかもしれない」
何故か妖しい雰囲気すら醸し出す少女2人に、こめかみを抑えた。パンを飲み込む。
リスチェも数回咀嚼し、それから飲み込んだ。喉が動くのを見つめる。ほう、とユイがため息をついた。なぜか頬が赤い。見つめ合う。
ついにザイルは叫んだ。
「なあ、やっぱりおかしいだろ!?」
「おかしいかもしれない」
ちらりとザイルを見て微笑み――その楽しげな姿に、彼は結局口をつぐんだ。


ちょっと遊び過ぎたかもしれない。
ユイは少しだけ反省した。あくまで少しだけだが。
目的を忘れてはいない。疲れたような顔で睨むザイルに涼しげな顔でお願いする。
「でね、これを持ってきたの。もらってくれたら、嬉しいな」
「何でしょう」
一枚の書類と、小さな箱。開けようとしたリスチェの手の上に、ユイは手を重ねて止めた。
「だーめ。帰ってから、見て。あと、そっちはお願いなんだ。さっき言ってたやつの紙」
ユイの目がうろついたので、ザイルが補足する。
「契約書ですね」
「契約書?」
「うん。えっと、一応わたしは巫女っぽいのなので。ちゃんとした人に教育を受けなきゃいけないんです。何人かいるんだけど、それとは別に。理由は、さっき言った通りで」
本当のことを、彼らは話さないから。
リスチェはただ頷く。
「でも、報酬とかが別だし、わたしはお金ないんです。別にお金出してもらわなきゃいけないので。だから、『平民語』を教えて欲しいんです、形としては。あと、町での常識。ザイルにも教えてもらってるけど」
重要なのは、平民との繋がりだ。リスチェは貴族であるが、町の子供たちからは慕われていた。彼らは貴族を嫌っているはずなのに、である。
「―――いつか、出て行った時、ちゃんと過ごせるように」
リスチェの顔が見られなくなった。
どうしよう、断られるかもしれない。確かに、繋がりが欲しいとは言っていた。教えてとも言った。でも、『契約で縛る』形で、なおかつ極めて個人的な繋がりしか作れない。
なんて、自分勝手な願い。おそらく、リスチェは気付いている。
そう思うからこそ、ユイは目を伏せた。
「かしこまりました」
何の気負いもない口調に、思わずユイは顔を上げた。
「こちらにサインすればよろしいでしょうか」
「え、うん。でも――いいんですか」
「ええ」
わずかに、彼女は笑みを浮かべた。
「私は申し上げました。お教えします、と」
さらさらとペンが流れる音が響き――リスチェは、ザイルにその紙を渡した。ザイルは、その紙を丁寧にしまった。

ユイは、何も言わなかった。


リスチェが門まで見送りには出ない。玄関口までだ。一礼した彼女に、次の予定だけ口にして、黙って頭を下げた。

「ザイル」
「何だ?」
「わたしって――ずるい、ねえ」
ザイルは何も言わない。ユイは続ける。
「最初から、リスチェを巻き込むって決めてた。断らないって知ってて、お願いした。なのに――最後に、逃げた。別に嫌われても怖くないし、何が怖かったのかわからない。リスチェ自身に、最後の仕上げをさせちゃった。どうしよう」
ザイルには、何も言えない。
ユイも返答が欲しいわけではないのだろう。どこまでも計算しながら、詰めが甘く、そして絶対的にお人よしだと思う。
嫌われても怖くない、というのはおそらく本心だ。ユイは目的のためならどこまでも非情になろうとする。だから、自分の心すら騙せる。
―――本当は、嫌われたくないのに。
ザイルは黙って、頭を撫でた。嫌いだと言っていたが、何故かそうするのが正しい気がした。
「何」
「あいつは――俺の知ってるリスチェ様は、気に入らなかったら即座に追い出してる。自分の理屈に合わなかったら、何が何でも徹底抗戦する。そういう人だ。だから、どんなに策を弄しても言葉で騙そうとしても無駄なんだ。だから、本家の娘なのに、ああいう扱いを受けてる。有能すぎるし、綺麗すぎる。汚い物を飲み込んで仕事をしていても、どこまでも綺麗なんだよ」

ああ、と小さくため息まじりの声をあげた。どこか切ない響きを持って、ザイルの耳に響いた。
「いいなあ」
ぽつり、と言った。
何をもってそう言ったのかはわからない。ただ、何となくユイの気持ちはわかった気がした。
続きが出てこなかったのは。

「やあ、久しぶり」
リスチェの家が見えなくなるかならないかの辺りで、声をかけられたからだ。ザイルはこの町では有名だし、ある種の『英雄』である。だから多少忍んだ格好をしていても、絶対に気づかれていたに違いない。
あまり、ユイには会わせたくない相手だったが。
ユイを隠すように、前に立ち、ザイルは男の名前を絞り出した。
「―――シアン」


「あら、シアンは?」
「シアン先生なら、お仕事があるからって行っちゃった!」
「そう?」
何かあると言ってただろうか。
普段のリスチェなら気付いたであろう疑念も――ユイの、小さな箱に気を取られ、気付かずに終わった。

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この記事へのコメント
32. シン   URL  2010/10/12 08:03 [ 編集 ]
久し振りにコメントするよ!!!
ユイに対するザイルの突っ込みの的確さにワロタwwwザイル好きやわマジでwww
リスチェ様も好き…つか鍋のキャラってみんないいキャラしてるよね。いい意味で。
結構キャラ性が別れて?るから、キャラ数が多くてもごっちゃになる事がないよ!名前は時々分からんくなるけど(
ユイの嫌われたくない葛藤の辺りはホロリときた。
何回言ったか分からんけど続きマジで楽しみです。でも鍋のペースで更新すればいいと思うよ!
33. 土鍋   URL  2010/10/16 00:08 [ 編集 ]
おほめの言葉ありがとうvvvキャラクターのぶれ具合が話し方に現れているような気もするが爆
久々に登場したキャラには軽く自己紹介文をつけてはいるんだけどねー笑 カタカナの名前って難しいよね!!
リスチェにはわたしの萌えを詰め込んだ。後悔はしてない!!
シンに読んでもらえると思うと心強いです。でも、おかしなところがあったら遠慮なく指摘して下さい。
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