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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
始まりの物語6

案内された店は暗かった。雰囲気は悪くない、とユイは判断する。少なくともおかしな輩がたむろしている場所ではなさそうだ。
入った時点で目に入ったのはカウンター。それから幾つかのテーブル。こじんまりとした喫茶店兼飲み屋といった雰囲気で、数人が中で主人と談笑している。
「マスター」
「いらっしゃい。今日は珍しい人を連れて来たね」
優しげな口調は、予想外に女の人だった。カウンターの中にいたのはマスターではなかったらしく、奥から顔を出した彼女は、楽しそうに笑ってテーブルを勧める。
「どうぞ。シアンはいつものでいいね? ザイルはどうす――おや、珍しい。子連れか」
「………どうも」
ザイルは一礼してから、ユイのために椅子をひく。やはりこの世界は全体的に椅子が高い、と思っていると近くにあったクッションを敷かれた。あげく、座ろうとしたのに、何故か抱えられて椅子に下ろされた。
(……何だ? 何がやりたい)
子供扱いを強調しなければならない場面なのか。だとすれば、ユイも対処が異なるのだが、あいにく頭の意志疎通をさせてくれるルーはいなかった。
「あ、ありがと」
気恥ずかしいのは確かで、少し頬を染めてお礼を言う。
「いえ。彼女にはミルクティーを。俺は水で」
「少しは店の売上に貢献したらどうだ。俺と同じ酒で」
「仕事中だ。酒なんて飲めるか」
「固いなあ。そんなんじゃ、肝心な時に動けないぞ?」
「お前を信用した覚えはない」
「酷い」
口調は固くとも気安い慣れた知り合いであることは見てとれる。ユイはザイルの袖口を引いて、注意を引いた。ついでに手を繋いでおく。魔力の補充だ。万が一離れた時を考えると、魔力を補充しておかなければ困る。魔力がないと、明りもつけられない。
「ん? どうした」
手を繋いでいることには触れるな、と念じながらちょっと不安そうな顔をしてみせる。
「ここ、どこ? シアンさんと、ザイルは知り合いなの?」
「友達だよ、巫女様。一緒に勉強していた仲間でね。前ヤンジェイル卿に世話になっていたんだ。で、ここはアヤネイって言う当時講師をしていた人の店」
女主人が後ろからメニューでシアンの頭を叩いた。
「こら、呼び捨てにしない。ザイルも久々だね。軍に入ったきりだったから、心配してたんだが、その様子じゃそんなに酷い目にはあってなさそうだ」
実際には酷い目にあっていたのだが、そんなことを言えるはずもなくザイルは口ごもってお礼の言葉だけ口にする。
「アヤネイ先生も、お元気そうで」
見た目も、と呟いたのはユイの耳にだけ届いたようだった。長い髪をまとめあげ、笑う様子は気さくで美しい。
「元気だけはあるね。最も、こいつらがたむろしてるせいで結構迷惑は被ってるんだけどねえ」
「酷い。悪いことはしてないよ?」
「ぎりぎりね」
ちょっとした火遊びをたしなめる先生と生徒の構図は微笑ましい。
「まあ、久々だしゆっくりしていきな。ほら、ミルクティーがお嬢ちゃんだっけ? 砂糖多めにしといたよ」
「あ、ありがとう、ございます。アヤネイ、さん?」
甘いものは好きだが、そこまで甘党なつもりもないので正直困る。当惑しつつ、お礼を言うと「アヤネイでいいさ」とのお返事がかえってきた。
ザイルの前には要望通り水だけだ。手を繋いだままなので右手が使えない。ザイルも両手が空いてないと困るだろう、と判断し手を離した。足を絡めるに留める。直接肌を触れないとあまり効果はないのだが、やっておくにこしたことはない。
ザイルが妙な顔をした。
今日は外に出ることが決まっていたこともあり、魔力はきっちりと補充している。そこまで警戒するならついていくなと言いたげだ。
「どうした?」
「いや、何でもない」
ユイに目で訴えてくるが、素知らぬふりで「美味しいですね」と感想を口にしておく。ザイルも何も言わない。
ほっと息をつき、カップをソーサーに置いたところで、シアンは口を開いた。
「……で、リスチェ様のとこで何をしてきたのかな?」
予想外に直球だった。
シアンがユイをどのように見たのかは不明だ。年齢の発表まではないはずで、グラスに口をつけたまま、ちょっと考える。
「お話を、してきただけだよ。それだけ。先生をして、ってお願いをしてきただけ」
「ふうん。それは、君に必要なことなのかな?」
目つきが変わる。それで、わかった。
(こいつは、わたしを巫女だと思っていない)
偽巫女だとでも思っているのだろうか。貴族の手先だと思っているのかもしれない。だからこそ、リスチェに近づいたことに企みがあると思っている。間違ってはいない。
「うん。だって、わたしもいつ、いらなくなるかわからないもの。王城から出されたら、何もできないし。貴族じゃないし」
一口飲んだ。
「先生が増えるなら大歓迎だよ。シアンも、先生してくれるの?」
敬語をなくしたのは慣れてきたという意思表示だ。じっと、彼はユイを見つめる。
「誰かにリスチェのことを聞いたのかな?」
「ううん。たまたま、助けてもらっただけ。本当だよ。今勉強しに通ってる子に聞いたらわかる。リスチェ様に聞いてもいいよ」
「何が知りたいのかによっては、俺も教えてあげてもいいよ。でも、俺も知ってること少ないからなあ」
ここで、爆弾を落としてもいいのだが、とちらりとザイルを見る。口をはさむ気配はないが、別のところに神経を使っている気がする。何か他にあるのか。
(だとすれば、ここで爆発を起こせば別のところに飛び火する)
その飛び火が、王宮にまでかかったとすればユイとて無事では済まされない。
「うーん、この国とか、世界のこととか。普通に皆知ってること。だって、お城にいたら皆して教えてくれないんだもん。隠してるのくらい、わかるよ。だから、知りたい。あとは、貴族語はだいぶ覚えたけど、平民語が覚えられないから、少しずつ身につけたいなあって」
「お城に、いた?」
苛立ちがにじんだ声に頭が冷える。
先ほど感じた印象が戻ってくる。王と繋がっているとバレたら得策ではないかもしれない。巫女は、逆に王とは離れたものとして存在する。王は祭事も取り扱うが、巫女とは一線を画す存在だ。王族であっても巫女である人間は存在する。ライエの姉、ミナトリスはそれにあたる。「王族」ではなく「巫女」という扱いになるのだ。
「たぶん、お城。大きな部屋にいたから。でも、今はバッハテルド様の元で暮らしてるの」
さらりとお城の部分を流して、新たな情報を与える。
「バッハテルド様か。あの」
「怖いって聞いてたけど、良い人だよ? ガルート様も優しいです」
可愛らしい、と言いかけてやめた。
「ああ、彼の息子かと疑われてる少年ね」
さらりと恐ろしいことを口にした。
思わず周囲を見たが、誰も気にした様子はない。貴族と平民の関係は、そういうものなのか。
「に、似てると思うけどなあ」
口ごもりながらもどうにかそれだけ言葉にする。
「似てる? どのあたりが」
「ええと、わかんないこと言って、答え教えずに去っていくところ」
バッハテルドはあ見えて直感型の人間だ。ガルートは言うまでもない。バッハテルドが、考えぬいた上で最後に自分の感覚を信用するという点で大きく異なってくるが。
「面白いね。君は、それだけ近くにいるのか」
柔らかく笑むが、目が笑っていない。温室育ちの身には大変堪える、王の側近らと同じ目だ。
ザイルが動く。
「シアン、お前は何を企んでる。ユイ様を連れてきて、何を知りたい――やりたいんだ」
「やだなあ。そんな怖い目で見るなって。リスチェの生活を壊さないかと心配になっただけだよ。ユイ様の方こそ、何か企んでらっしゃるようだし?」
ユイは困った顔を作る。
「『企む』って何ですか?」
「ん?」
「言葉の意味です」
まさか本当にユイが意味をわかっていないとは思っていなかったようで、素の彼が一瞬垣間見えた。
優しい人だ。間違いなく、優しくて、リスチェを想っている人。それすらも仮面だったら、もうわからない。
邪魔はさせない。ライエを良き王にして、日本に帰る計画をあきらめたつもりはない。
そのためならば、どんなことでもすると決めたのだ。
ならば、巻き込んでしまうしかない。ここに集う人も先程からザイルが気にしている人も。

(―――勝ってみせる)

「リスチェを、巻き込もうとしてるだろう。それは、何にだい」
「シアン様こそ、何をわたしに求めてるんですか。―――わたしは、単なる巫女見習いです。ルーがいなければ何もできません」
目に力を込める。
「ルーがいなければ」
ザイルの裾を持つ。ユイの合図に気づいたようだ。からめていた足も外す。ある程度魔力もたまった。ならば、自由に動いてもらわなければならない。
息を飲む。どこまで隠して、どこまで本音を言うか。
「わたしは、還りたいだけなんです。それだけ」
シアンは飲まれたようにユイだけを見る。どこまでも切羽詰まった必死な少女。何かを企んだ瞳。
全てがアンバランスで、本気で彼と相対する彼女。
「で、何でこういう奴がここにいるんだよ」
空気を壊すように、ザイルが立ち上がってシアンの意識を逸らした。
「こういう奴って何だ」
「わかってて聞いてるのか? そこの、帽子かぶったやつ。お前、殺気を飛ばすな」
魔力を込めて言葉を紡ぐ。カウンターに座って店主と談笑していた「人」がこちらを振り向いた。暗くて顔は良く見えない。逆に、光があるこちらの様子は良く見えるだろう。
「え、俺に気づいてたの?」
「あれだけの殺気に気づかないわけあるか」
嫌そうなザイルの言葉に、きょとんとしてユイが見上げる。
気づいていなかった、といった顔で裾をひっぱった。あくまでお嬢様の彼女が殺気に気づくはずがない。
「さっち?」
「後で説明する」
そうでなければ、ルーに解説してもらえと目で告げるとユイは裾を離した。発音間違ってたから、わからないだろうけどな、とは言わない。
帽子で隠れていた顔をさらし、
「すごいな、お前」
にやりと笑った顔は、ザイルの良く知ったものだった。
「っっ! 何でこんな奴がここにいる!!」
「こんな奴呼ばわりするなって。へえ、お前があのザイルね。噂には聞いてるよ。で、こっちが巫女さんかな?」
「近づくな。汚れる」
「うわあ酷い」
それでも笑顔を崩さない。
「初めまして、ユイです。巫女です」
「お、初めまして。俺はアイビス。男娼やってんだ。男娼ってのはな――」
「そういう単語をユイ様に教えるな」
「過保護だなあ」
ザイルをからかうのが面白いらしいアイビスは、ユイを見る気配がない。座った状態で、アイビスを見上げる。
だんしょう、というのが何かはわからない。あまりよくない単語なのだろう。そういった言葉も教えて欲しいところだが、ザイルは意外と潔癖でユイに近づけさせない言葉が幾つかあった。
楽しそうに笑うアイビスは、酷く美しかった。顔形が整っている訳ではない。それならば、よほどザイルのほうが見目は良い。だが、目を引き付ける。
目の大きさ、顎、全体がちぐはぐでそれでいてまとまっている。
何より目の強さが人を惹きつける。
それに、
「アイビス様は、どうして女なのに「俺」って言うの?」
一人称は「I」だ。皆同じである。だが、言葉尻につける発音で、アイビスが男言葉を使っていることを理解した。
ぴたり、と声が止まった。いつのまにか、店の中全員が静まっている。しまった、とユイの血の気が引いた。言ってはならないことだったのだ。
全員の注目を集めることとなったが、しかし気にすることのないアイビスは静寂を破った。
「へえ」
ザイルを見ていた瞳が、こちらを向く。
「何で、俺が女に見えるの? 男相手にすること多いけどさ、男だよ俺」
アイビスの言葉は平民語は強烈だ。聞きとりきれなくて、ユイはザイルに助けを求める。
「俺からも聞きたいですね。こいつの魔力は、男ですよ? 確かに見た目は男だか女だかわからない姿してますが」
(魔力か!)
ザイルの言葉に気づく。誰しもが魔力を持っているこの世界では、女と男の区別は魔力の区別になるのだ。
つまり、どんなに女らしく見えたとしても、魔力が男ならば、「男」。魔力は、身体的特徴と同レベルで見間違いようもなく性別を決定する。男の魔力と、女の魔力が交わらなければ子供はできない。
そういうことである。
ユイはそこまでは知らない。後でルーに説明させようと決めて、困ったような泣きそうな顔を作って見せる。
「え、なんと、なく。魔力、の見方よく知らないんです」
「みかたよくしらないん? 何て言ってるんだ?」
言葉の壁が、ここにあった。平民語と貴族語の差だ。
ユイは唇をかむ。リスチェは良い。そして、リスチェと仲が良いシアンは聞き取れる。しかしアイビスには――いや、違う。
「彼」は、聞きとっている。それでいてわざわざ聞いてくる。
意図が読めなくて苛々した。
「平民語、苦手」
「ユイ様。行きましょう。シアンとはまた話せる。そろそろお帰りにならないと、ガルート様が心配されます」
「逃げるの」
「にげる?」
言葉を繰り返す。方言なのか何なのか、前あった言葉の壁が再び立ちふさがる。最初から平民語を学べば良かったと後悔する。
目を閉じた。
「シアン」
「なに?」
目を閉じたまま聞くと、彼もまたユイの言葉を待っているのがわかる。面白がっているというより、観察しているような声。
「また、遊びに来ます。その時に、話します」
目を開けたら、感情のない目で見つめるシアンと目が合った。息を吐いてにっこりと笑って見せる。
(笑う自分は、嫌い)
それでも、作った仮面を外すつもりなどない。
「貴方がここで何をしてても、良いんです。でも、リスチェ様が心配なら、一緒にいて下さい。色々、教えて下さい」
これは好機だと捉えた。
言葉の問題もある。「ユイを好いている」人といるより「ユイを疑っている」人といる方が安心だ。ザイルのように、言葉を制限することもない。
「代わりに、何かできることあれば言って下さい」
立ち上がれば座ったままの彼より目線が高くなった。アイビスと視線が近くなり、自然とザイルの手がユイを庇うように遠ざける。
「俺もいい?」
「いいですよ。また、教えてね」
教えて、くらいならば平民語で言える。
「かっわいいな!! うん、教える教える。また来い。夜は俺いないけど昼なら大抵ここの二階で寝てるし」
使ってみれば、予想以上の反応を反応を返された。質問しようとするが、その前にザイルの声が遮る。
「そういうことをユイ様に言うなって言ってるだろ」
「いいじゃん。意味わかってないみたいだし」
「……どれくらいまでわかってます?」
最後のザイルの言葉は、ユイに向けられたものだ。平民語だが、これはユイにもわかる。
「アイビス様の言葉は、半分以上わからないです。難しい」
「なるほど。純粋な平民語は難しいのか」
とりあえず、言葉の順序がユイにとっては無茶苦茶だ。貴族語のように順序だってないうえに言葉を繋げて発せられるものだから、わかりにくい。
「はい。言葉、繋がってますか」
「ああ、なるほど。繋がってますね。アイビス、ユイ様には一言一言区切って発音してみろ」
「ん? 区切る? ユイ、様。わかる?」
「あ、わかる」
フランス語のようなものか、と結論付けた。なんとなくはわかるが、繋がるとどこで単語をきれば良いかわからないので会話ができない。何より、省略される。
「貴族語も繋げてますけどね」
「規則性がないと無理」
言い切ってから、ザイルをどけるように手を添えた。
ぺこりとお辞儀をする。
「宜しくお願いします」
まわりがざわついたから、お辞儀はない文化だろう。
「び、びっくりした。いいよいいよ、また来てね」
「はい」
顔つなぎはこれくらいでいいだろう。まさか、お辞儀でそこまでびっくりされたとは思っていないユイはもう一度、今度はシアンに向かって一礼する。
「また来ますね」
気になることはあった。店の奥からの視線に、気付いていますよ、というアピールをしてから目を逸らす。店の皆がユイらに注目していた。注目されても問題のない店、ということだ。ますますもって、よくわからない。
ユイはザイルに守られるようにして、店を出た。

「ねえザイル」
店から離れ、しばし。すぐに帰りの御者を呼び、帰路につく馬車の中で、ユイはザイルの名を呼んだ。
「なんだ」
遠くを睨み据えたまま、ユイはザイルを見ようとしない。
「……あそこ、なに」
「俺の知り合いの店」
「だけじゃないよね」
沈黙した。
「ちょっと考えてたんだけど。おかしいよね。あと、だんしょうって何。アイビスは、わたしには女の子に見えたよ」
「……ルーに教えてもらえ。俺には、わかりやすい単語では説明できない」
「そう」
再び、沈黙。
ユイはもう何も言わない。こういう時のユイが何を考えているか、ザイルにはわからない。ザイルに出来るのはユイを外的な要因から守ることだけだ。
彼女の救いは帰ることへの希望だけだ。だから、ザイルは助けられない。
それを知っているから、ザイルは―――何も、言えなかった。
前へ                    「そして、鴇が啼く。」目次

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35.      2012/11/29 07:38 [ 編集 ]
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