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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
5「受難続き」
「アトラス様―、少しはぼくの話聞いてくださいよ!」
訓練中、にやにやと笑う同僚に呼ばれたかと思うとそこにリューイがいた。
勘弁してくれ。
厄はどうやら落ち切らなかったようである。

休憩時間まで待つ余裕はあったようで、まだ訓練中だからとたしなめると不満そうに唇を尖らせながらも頷いた。
「アトラス、あの子新しく雇ったのか?」
「ああ……そんなとこ、かな」
歯切れが悪くなるのも当然だ。何せ、本当はサイラギの小姓にあたるのだ。本来は騎士の傍に仕え、世話をすることで学び、将来の騎士候補とも言えるのが小姓なので正確には小姓とはいえない。だが、サイラギは傍で学ばせることで、騎士にするつもりのようだった。サイラギはアトラスにとって幼いころから一緒にいた弟みたいな存在だが、どうも最近は考えていることが読めない。今回だって、なぜ王妃候補に立候補したのかよくわからない。確かに、手紙を持ってきたのはアトラスだ。アトラスでなければ、別の手段で手紙がサイラギの手に渡る。
そうなれば、断るためにさらなる金策を講じなければならないだろう。なにせ、王家に断りの手紙を出すのだ、形式的なものとはいえそれなりのものを用意しなければならない。
断るならアトラスが直接王に届けられるからと思い、アトラス自身で渡しに行ったのに。
ああ、もしかしたらそれでリューイに恨まれているのかもしれない。
「どうしたんだよ、えらく人懐こい子じゃん。騎士にするつもりか? まだ幼いみたいだけど」
幼くは見えるが、実際の年齢を考えればそれほどでもない。が、それを口にすることはできずに薄笑いを浮かべて誤魔化す。
「そうなんだけどね。ちょっと手伝ってもらうことがあってさ、一度王宮に来てもらったんだよ」
「珍しいな、お前が小姓使うなんて。いつも一人でやってるくせに」
この悪友は、アトラスのことをよく知っている。小姓としてつけられた少年をことごとく領地に送り返していることもだ。王の近くにいる以上、下手に自分の部下を近づけることはできない。それが自分の領地からやってきた少年ともなればなおさらだ。
「一人ってこともないだろ」
「ないな、その代りお前の直属の部下は苦労してるけどな」
「酷いなそれ」
直属が誰かといえば、目の前の悪友だったりする。
「誰が毎日起こしてると思ってるんだ。少しは一人で起きろ」
「そればっかはキツいな。その代り朝食分けてるだろ」
「あの労働がそれで足りるか」
「でしたら、今度から僕がしましょうか?」
急に声をかけられて反射的に柄に手をかける。
「リューイ、後ろから声をかけるなと言ってるだろ」
俺じゃなくて、サイラギが。
言外に含めていえば、気付いたらしくしゅんとして頭を下げた。
「すみません。気をつけます」
「いいって、リューイくんはまだまだ先だろ? 騎士になる前に覚えたらいいよ」
「ケリス、甘やかすな」
ケリスは年の離れた弟を領地に置いてきているせいか、リューイのような線の細い少年に甘かった。リューイはアトラスの小姓ではないが、だからといって勘違いされている今、無下にはできない。
「アトラス様の言うとおりです。ぼく、まだ心構えが足りないんです」
弟を思い出しているのか、ケリスの顔が溶けている。灰色の目が少しうるみ、見えない耳が垂れているような気さえする。確かにこれは可愛いかもしれない。リューイの本来の姿を知っているアトラスとしては気持ち悪いばかりだが、構ってあげたくなるような雰囲気にケリスが頭を撫でている気持ちはわからなくもない。
わかりたくもないが。
「リューイくんは、騎士になりたいの?」
「はい、なりたいです」
軽く聞いたケリスに対し、はにかんだ笑顔で答える。頭が痛くなってきた。
「リューイ、俺に用事だろ? 小休憩は取ってるけどさ、まだ訓練中なんだよ。あと半刻くらいで終わるからどっかぶらついてろ」
一瞬、灰色の瞳がきらめいた。それから何もなかったかのように目を伏せ、困ったように笑う。
「でも、御迷惑ですし」
「あ、じゃあリューイくんも訓練混じるか?」
「ケリス!」
それは困る。そもそも、それでは訓練にならない。他国との戦争は終わったとはいえ、国境近くでの小競り合いは続いているのだ。平時とはいえ、油断のならない情勢下にあることは間違いない。
「訓練にならないだろ、それじゃ」
「アトラスは固いなあ」
「どこがだどこが」
昨日も同じことを言われたが。
「訓練を真面目にやるところ。ってか、普段はやらないのにリューイくんの前じゃ格好つけるんだ」
にやにやと笑う友人に頭が痛い。確かに、普段アトラスは不真面目かもしれない。だからといって、いつもどおりにリューイを巻きこむわけにはいかないのだ。そんなことをしたらサイラギに怒られる。
「妹が大切にしてるんだよ、リューイを」
正確には、妹みたいなやつだけど。
遊び人、風来坊、色んなあだ名があっても気にしない妹みたいな彼女は、アトラスの逃げ込み先でもある。アトラスの内実が、遊び人ではないことをよくわかっているのも彼女だ。さっさと結婚しろとうるさくて、領地に帰ってもなかなか一息つくことができない。
そうやって、アトラスがサイラギを頼るたびにリューイは牙をむくのだが。
「リューイ、ちょっと待ってろ。後で話聞くから」
「大丈夫です。半刻くらい、ここで待ってますから」
リューイはアトラスにはついぞ見せたことのないとびきりの笑顔で、敬礼してみせた。
頭が痛い。

訓練終了後は昼食の時間だ。本来なら、騎士団の皆と食堂で食べる。味はそんなによろしくないが、量が多く栄養も考えてあるため重宝しているのだ。貴族出身のお坊ちゃんは食べに帰ることも多いが、ちょっとしてお遊びで入ったお坊ちゃんじゃない限り、ここではどんな身分でも鍛えられることになる。そのため、食堂で食べない騎士団の人間はいなかった。
本当は、今日もアトラスは食堂で食べたかったのだが。
「だから、そこまで説明できないぞ」
「でも、情報も持たずに帰るわけにはいきませんから」
執務室に、リューイが持ってきたというお弁当を二人で囲んで食べる羽目になっていた。きっちりと二人分つくられている。聞くとアエラが作ったのだと言う。確かに、食材は王宮のものだけあって質がいいが、味付けは慣れ親しんだものだ。
「俺と二人なんだ、その気持ち悪い喋り方やめたらどうだ?」
「いつ誰が来るか見てるかわからないですよー? 大丈夫です、すぐ慣れますよ!」
がんば、と拳を作って微笑む。演技だとわからないくらい上手いが、本来の性格を知っているだけにぞわぞわする。
「それに、アトラス様? 僕、情報くれたらある程度で引き下がりますよ?」
冷静な目が、いい加減に情報を吐けと告げていた。普段無表情な分、今の方が感情は読み取りやすい。
「そうは言ってもな。俺もそんなに聞かされてない。この国の王の噂は聞いたことあるか?」
「少しは。先の戦争で名をあげた武断の王。本来後方で魔術で軍を守り、指揮する役割だった王族の中、前線を駆け続け、血にまみれた。それ故、他国からは『血に飢えた悪魔』と恐れられていると聞きますが。代わりに、国内では非常に評価が高いと記憶してます」
リューイの口調が戻った。そう思うが、指摘はしない。
「評価としては間違っていないな。ただし、武断の王って評価は正しいが一側面だけだ」
リューイの薄い色をした瞳に、興味深そうな色が宿る。
「あいつは―――人の使い方が上手い。だがそれだけじゃない、恐らく会った時は酷く庶民的で気安い奴だと思うだろう。俺ですら、よくわからなくなる時がある。サイラギに伝えておいてくれ。王に、気を許すなと」
真剣なアトラスの口調に、リューイの視線も自然と厳しくなる。
「それは、サイラギ様が気を許す可能性がある人物ということですか?」
サイラギは基本的にすぐに人を信用したりはしない。この貴族社会で生き抜くために培われたものではあるが、それでも領地に引きこもりがちな家だ、確実に甘いだろう。人を見る目はあるが、それゆえ本質とその場しのぎの性格とを混同する。領主として考えるならば長所である本質を見抜く目は、一貴族として王宮に住まうには短所としかならない。
「わからない。王が、どのような形でサイラギに会うかも、俺にはわからないからな」
「王の本質を、サイラギ様が認めると?」
「認めるだろうな。あれは天性の王の資質を持つから」
王の姿を思い出す。アトラスに対しては非常に気安く、捉えどころがない王。しかしひとたびアトラスが裏切りの徴候を見せれば、即座に切り捨てるだろう。同じ、笑顔で。
「アトラス様は――サイラギ様と、王、どちらかを選ばなければならないとき」
気づくと、いつもの無表情であり――同時に、いつもの敵意はなくただ見透かそうとする瞳が、目の前にあった。
「どちらを選びますか」
ひた、とリューイはアトラスを見据えた。

幸せすぎる時間が過ぎた。
「で、姫君の馬を見に行かなくてはいいのか?」
からかうような口調で、ディアルの世話をするサイラギに声をかけた。まさか初対面の女にそう簡単に肌に触れさせるわけにはいかない。ディアルは気性が激しいのだ、今はまだ大人しいが侍女に怪我でもさせて姫から文句を言われては困る。
そういう彼の思惑もあって、サイラギは現在馬具の手入れの手伝いをしていた。普通なら嫌がる轡の掃除も楽しそうにやっている。
当然、時間が過ぎるのも早いわけで。
「あっああああっ!! フォロ浮気してごめん!!」
「いや、それもそうだが戻らなくていいのか?」

サイラギはすっかり馴染んだ男を見上げた。
そういえば、侍女だと思われていたのだった。当然姫の世話という仕事があると思われているに違いない。
「あああ、それもそうですね」
同意はするが、どこか上の空でディアルをちらちらと見続ける。ぷっと噴き出す声がした。
「お前、面白いな。姫より馬のほうが優先か?」
「う、そんなことはないはずなんですけど」
当然優先だ。でも今の状況で『情報収集』と『フォロの世話』だったら、残念ながら前者に軍配があがる。
「俺は大抵二日置きにこの時間に来ている」
唐突な男の言葉に、はっとした顔でサイラギは振り返った。顔に広がるのは期待感。
「姫の世話仕事から抜け出せるようなら、来ても構わないよ。毎日、と言いたいところだが、そもそもディアルが常にここにいるわけではないからな。場合によっては遠出していることもある。それでもよけれ――」
「ありがとうございます!」
皆まで言わせなかった。嬉しすぎる。そのうちフィロの世話も手伝ってもらえないだろうか。この人になら、フィロの良さをきっとわかってもらえる。
「……ああ」
サイラギの勢いに気押され、少しひきつった笑顔で彼は頷いた。

泥だらけで帰ってきて、アエラにまた酷く怒られたが今の気分は晴れやかだった。
「リューイは仕事から帰って来ていないというのに、サイラギ様は。確かに見に行ってもいいとはいいましたけど、泥だらけになっていいなんて言いませんでしたわ。これを洗うのは誰だと思ってるんですか」
「じゃあ私が洗うよ」
「馬鹿なことをいわないでください!」
怒られた。確かに、洗濯をしたことはないが、馬の世話で洗い物をしたことくらいある。そう言ったら、
「服と、馬具を同じ洗い方で洗うつもりですか?」
「うーん。確かにそれはまずいかな」
馬具といえば、ディアルのもの。あれはいいものだった。高価そうだが、きんぴかというわけではなく実用的でよく使いこまれていた。フィロにもつけてあげたい。
とそこまで考えてから。
「あ」
忘れていたことに気づいた。
彼の名前を聞いていない。




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