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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
花戦 序章「突然の招待状」
序章 突然の招待状

その案内状とやらを彼女が受け取る羽目になったのは、本当に偶然だった。

ヴィラエステル王国。現存する国家の中では古株にあたる、由緒正しき王国だ。
この国は、代々分権制であった。もともと王権はさほど強くはない。王は地方を治める領主たちの主でしかない。地方を領主が治め、王は外交や国の流通を取りまとめるのが役割。基本的に地方は領主の自治に任されており、税率も自由、最低限国からの税さえ納めれば良い。だが、先々代の時代、その分権制は崩壊した――中央集権制になったのだ。
中央集権制になったことにより、あふれる不満を抑え込んだのが先代の王だ。法や税制を整え、国を安定させた。
それに対し、国自体を豊かにしてきたのが現王である。先代の王による改革が緩やかだったことに安心した悪質な領主を締め上げ、抜本的な改革を行った。一時的に国は荒れたが、幸い他国からの侵略を受けることもなく、金を流通させ、税率を一定にした。
――最も、彼女の領地まではその辣腕も届かなかったようだが。
ふっと溜息をつき、彼女――サイラギはこの案内状を届けにきた青年を見つめた。
「で?」
「でってお前、興味ないのか?」
「ない」
一言で切って捨てたサイラギに、青年はあきれたような声をあげた。
「嘘だろ! 王妃になるチャンスだぞ、王妃。そうでなくても、貴族の子女なら誰でも憧れる後宮入りのチャンスだ。そうそうは手に入らない案内状を、俺がわざわざ持ってきたんだ。いくらなんでももったいないと思わないのか?」
大袈裟な動作で嘆いたこの幼馴染に、向かって折りたたんだ案内状を投げつけた。額にぶつかって机に落ちた。
「アトラス。惚けたこと言われても困る。私に必要なのは王妃へのチャンスじゃない。婿だよ。この領地を共に治めてくれる婿。王妃など論外だ」
そう、端的にいえば、案内状の中身は王妃募集、というものだった。
二年前に即位したばかりの王だったが、いまだに結婚をしていない。もちろん、王子時代に婚約者がいたことはいたのだが、改革時に廃された貴族の娘だったとの噂であり、現在婚約者すらいない状態だ。その噂もまた、貴族らが王を恐れる原因でもあった。自分の娘が王妃となり、外戚となることを夢見る貴族は多い。だが、王に近づくということはそれだけ王に自分の所業がバレるということだ。
それゆえか、進んで自分の娘を差し出す貴族はいなかった。
「二年だからなあ……さすがに、ほとぼりが冷めたってとこか。あれから王様も大人しくされてるからな。王妃探しには頃合いだろ?」
「確かにそれはそうだけどね。私には、関係ない」
サイラギは、この辺鄙な領地の一人娘だ。年齢を考えれば、そろそろ結婚してもおかしくはないが、嫁入りをするのではなく婿を取らなければならない立場であった。
「でも、面白そうだろ? 女たちが競って王のために磨き合う! どうせ選ばれないんだから、祭りみたいなもんだって、楽しめるしさあ」
さりげなく挟まれた失礼な言葉に彼女は眉間に皺をよせた。彼女のことをよく知らない人ならば、そこで領主の娘を怒らせた、と蒼白になるところだが、付き合いの長いアトラスにとってはこれがお遊びの演技の一貫である。そもそも、彼が本気でこの手紙をサイラギに届けているわけがない。おそらくいい暇つぶしになるだろうという程度の、ある種の善意で届けたはずだ。中央からは離れているがゆえに情報が届きにくいこの領地の一人娘に、アトラスは何かと情報を持ってきてくれる。
「失礼な奴だな」
「事実だろ? お前のどこが選ばれるんだ」
「しいていえば、適齢期の女という理由かな」
「どこが女だよ」
「お前の前で取り繕うつもりはない」
「少しは取り繕ってくださいませ!」
サイラギの言葉に笑って同意しようとしたアトラスの代わりに甲高い女の声が遮った。目の前に、ワイングラスが無造作に、しかし存外丁寧に置かれた。
「サイラギ様? いくらアトラス様の前でも、許される格好と許されない格好があるんですよ?」
「アエラ、目が笑ってない」
「怒ってるからです!」
主人に対し、ここまでいうメイドもなかなかいない、と思ったが、口にしない。さらに怒らせるだけだろう。
「いいよ、俺は気にしてないし」
アトラスが笑みを浮かべてアエラの機嫌を伺うが、大抵の女性なら赤らめるその笑顔に、侮蔑の視線を向けただけでアエラは再びサイラギに小言を続ける。
「せめてスカートをはいてください! ドレスを着てくださいとは言ってません、スカートなら領民の女性なら履いているでしょう?」
「――スカートだと、馬で走りにくいよ」
「女の人は通常馬に乗って走りません!」
困った顔でサイラギはアトラスを伺うが、アトラスもアエラのことは苦手である。案内状を折って遊び始めた。
(逃げたな。後でおぼえてろ)
物騒なことを考えつつ、サイラギは謝罪の言葉を口にした。
「悪かった。今度から、スカートを履く。だから、今日は勘弁してくれ」

言質を取ったことでとりあえず満足したのか、アエラはその後服装について文句を言ってくることはなかった。先ほどまでの主人への態度はどこへやら、完璧なメイドの姿で一礼し、再びどこかへと消える。
「アエラは相変わらず怖いな」
「だろう? ますます、怖くなってくる。でも、美人にもなってると思わないか?」
付け足された言葉に、返事はない。代わりに、笑い声が降ってきた。今度こそ、本気でむっとした様子でアトラスを睨むが効果はない。
「お前なー。相変わらず、変わらないな」
「お前もな。王宮では、浮名を流してるそうじゃないか?」
「よくご存じで。俺ってば有名人」
茶化したように言われ、サイラギは笑いを漏らす。
「有名も有名だな。ラウスデル家の二男坊。それだけで人の目はお前に集まるよ」
「やだなあ。少しは俺も楽したいんだけど」
「その名をめいっぱい利用しているやつが何を言う。弊害くらい我慢しろ」
ラウスデル家は、数々の粛清を潜り抜け、王の信任を得た家系である。それは目の前の男ではなく、領主である父親と次期領主である長男のおかげなのだが、実際に王宮で見かけるのは二男坊の彼だけなので、余計に視線が集まる。
改革が行われたとはいえ、基本的に貴族には領地が与えられている。長男が領地を継ぎ、二男が王に仕えるのが一般的だ。実際、サイラギは知らないがアトラスは比較的王の近くにいるはずである。
「少しはその幸運を分けろ。こっちは、お金の計算で頭を痛めているというのに」
「そう言われてもね」
一方、可もなく不可もなく、といった温厚だけが取り柄のサイラギの父は、基本的に領地を治めることが下手だった。母が元気なうちは母が切り盛りしていたらしいが、今は病気で伏せっている。正直、隣の領主は気になるところだ。
「ああ、そうか――アトラス、もう一度案内状を見せてくれ」
「何、気が変わった?」
「そうだな――」
渡された案内状を開く。少し珍しい琥珀色の瞳に悪戯っ子のような光が指した。
「やっぱり行くことにしよう。綺麗な女の子も、拝めることだし」


アトラスの帰りを見送るついでに、馬で領地の様子を見て回る。彼女の姿を見かけるたびに領民が笑顔で挨拶してくれるのが、酷く嬉しかった。笑顔が得意な方ではないが、領民たちもサイラギが笑うことが苦手だとわかっているから、何も言わない。彼女の成長を見守ってきたのは彼らだ。それこそ、悪さを仕出かしていたころからよく知っている。彼らの子供らとともに遊んできた。この領地では、領主と民の間が近いのだ。
ふっと溜息をついて、隣の領地につながる一本の道に出た。アトラスは、馬越しにサイラギの頭を撫で、ぐしゃぐしゃにする。
「私はお前の弟じゃない」
サイラギの抗議に、笑ってさらにぐしゃぐしゃにした。ぼさぼさで前が見えない。手綱を持ったまま髪を整えると、真剣な目をしたアトラスと目が合った。
「……何?」
「あんまり、思いつめるなよ。無理して行かなくてもいいんだぞ?」
心配そうな彼のセリフに、思わず苦笑が漏れる。
「何を今さら。案内状を持ってきたのはアトラスだよ」
「それはそうだが」
言葉を濁す様子に、安心させるように肩を叩いた。
「大丈夫、適当なところでしっぽを巻いて逃げてくるって。これでも、私は慎重派なんだ。危なくなる前に、証拠を残さずいなかったことにしてみせる」
何か言いたげに眉間に皺をよせたが、結局彼は何も言わずに帰った。
彼の領地――正確には彼の父親の領地だが――は、サイラギの父の領地から森を抜けたところにある。森は神聖なものとされているため、どこの領地にも属さないが、あえて言うならばアトラスの父親の領地だろうか。そこで事件が起こった場合に対処するのは、大抵彼の家だからだ。
国の境界線にありながら、山に接しているために他国からの侵入を恐れる必要もない。僻地にあるうえ、特産物は針葉樹である。決して豊かな資源を持つとはいえないこの領地を狙うものがいないからこそ、サイラギの家は名家ではあった。正確には、昔から隅っこに一応名前が載っているだけの家だが。王家を支えるほどの人物を輩出することもなかったこともあり、先の改革の対象とはならなかったのだろう。
だからといって、見逃していいわけではないのだ。
サイラギは、王家に期待しない。

「アエラ、この地は美しいね。私は、大好きだよ」
「私もですわ」
王の嫁候補に加わると言ったら、案の定猛反発された。だからといって、引くわけにはいかないのだ。これは、絶好のチャンスなのだから。
「だから、守りたい。領民も、父上も、母上も。アエラも」
「――わかってますわ。反対しても、無駄なのでしょう?」
「アエラ! じゃあ」
「その代り。随従は決めてませんわね? 私もお供させて頂きます」
うっとサイラギは詰まった。せっかく、羽を伸ばせると思ったのに。
「一応、王妃候補としていく以上、それにふさわしい装いをして頂きます。口調も、直していただきますわよ?」
「わ、わかってるよ」
明らかに逃げだしたそうな顔で頷いた。
「で、他に候補は決まってますの?」
「アエラが来るなら、いいや。リューイとアエラだけで」
「リューイと私だけですかっ?」
何気なしに付け足した言葉に、アエラが叫んだ。何か怒らせたかと肩をすくめるが、それ以上叫ぶことはなく、こめかみに手をあてて溜息をつかれてしまった。
「仕方ありませんわね。人手不足ですから。サイラギ様がいらっしゃらないうちに、手を出されないとも限りませんし」
「何、そんな気配でもあるのか?」
「まだそういった情報は入ってきていませんが、サイラギ様がいなくなればすぐにわかりますもの。その間に何があってもおかしくない状況ではありますわね」
さらに溜息をついたアエラの横に不意に人影が現れた。
「お呼びですか」
小さな声が突然横聞こえ、アエラはわずかに身を強張らせた。
「気配を消して、近づくのはやめてくれない?」
「気をつけます。僕を、呼ばれましたか?」
淡々とした口調で、小さくお辞儀をした。薄い茶色の髪をした少年の瞳には何の感情も現れない。
「ああ、リューイ。呼んだつもりはなかったが。っと、戻らなくていいよ、話があるから」
呼んだつもりがない、と言われた段階で部屋を出ようとしたリューイを呼びとめる。
「はい」
「王妃品評会に、私も出ることになった。リューイもついて来てくれ」
「はい」

少年は、深くお辞儀をし、アエラも準備に取り掛かるため出て行った。
「さて。これが幸運につながるといいんだがな――」
呟かれた彼女の言葉を聞いている者は、誰もいなかった。

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