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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
8「美しい人」
さあ、次に行こうと思っていたらばったりリューイが誰かと話しているシーンに出くわした。

髪の色を染め、サイラギが教えたかわいこぶりっこをしているので一瞬誰かわからずとまどう。
――そういえば、今までレッスンはしても本当に演じてるところは見たことがなかった。
今さらのようにサイラギは思う。リューイの服はアトラスの家の小姓のもので、いつもよりいい服だから余計だ。普段からきれいな顔をしていると思ってはいたが、輝くような笑顔をしていると余計それが強調される。現に、現在リューイと話しているどこかの侍女も嬉しそうな顔だ。
ちょっと、さびしい。
これが子離れしていく親の気持ちか、などと思いつつ一瞬目があった彼に小さく合図だけして踵を返す。せっかくリューイが情報収集してくれているというのに、邪魔をするわけにはいかない。人手が足りない以上、情報収集もサイラギの役目である。ミリアが着くのは一週間後、それまでは動きにくいのも事実だが。

動きにくいなら――動かせばいい。

小さく口許に笑みを浮かべ、予想より時間がかかりつつ――方向音痴だから仕方がない――目的の場所へ無事辿り着く。
小さな庭園は、花が咲き乱れ中央には噴水があった。薔薇で彩られたアーケイド、色の洪水はサイラギを別世界へと連れていく。むせかえるような香りにわずかに顔をしかめた。美しいものは好きだが、現実主義者のサイラギにとって食べられない花にさほど興味はない。興味があるのは、そこにいるはずの美女だ。この庭園の最も近いところに宿泊し、「花と歌が好き」という噂の。

昨日の晩、夜遅くまでアエラと作戦会議を開いた結果、親しくなっておくべき人ナンバー1に選ばれた美女。

カデトゥス家の三女、ファリアータ。

場所確認と偵察だけの予定だったが、予想外の展開に思考が停止する。
そこには一人で噴水のたまり水に花を浮かべている――ファリアータが、いた。

それも予想外だ。一人でいることなどあり得ない。サイラギのような没落貴族ではないのだ。
美しい人だった。姿絵が出回るほどのこの国で1、2を争う美女であることは知っていた。姿絵も非常に美しく、このような美女が実際にこの世界に存在するのかと思ったものだ。
くせのない銀髪は何一つ飾りがなく、髪そのものが美しさを主張していた。雪のように白い肌、たおやかな風情に折れそうな腰。体のラインを強調しすぎないドレスは、ゆえに美しいひだでもって彼女の美しさを際立たせていた。
姿絵とは全く違う。本物のほうが数倍美しかった。立ちつくし思わず見とれたサイラギにその湖水色の瞳は向けられることがなく、彼女の瞳に映りたいと、しばし切望した。
「…………何の用かしら」
あまりに長いこと見とれていたせいか、不意に彼女の視線がサイラギを捉える。
その瞳の強さ。
けだるげに、普通のお姫様を装ってはいたが。
「はじめまして。私はサイラギ=アッデライドといいます」
彼女の瞳は強力だ。人の本性を見抜こうとする。そのことを本能で察知したサイラギは、道中考えていた偽装を脱ぎ棄てた。あわよくば、ファリアータの侍女に近づこうと企んでいたが直接会えるとは僥倖。
そして、だからこそ気を引き締めなければならない。
「ファリアータ様と同じ、陛下のお妃候補の一人です。最も、ファリアータ様と違って希望は薄いどころか全くないのですが。ご存じでしょうか?」
淡々と、しかしわずかに口調に笑みを含ませ問う。彼女が噂どおりの人間ならば、単なるカデトゥス家のお飾りで、宣伝人形でしかない。だとしたらサイラギの興味を引く対象ではなかった。美女と仲良くなりたいという思いはあるが、単なるお飾りに対し舞踏会より前に会う必要性はない。
サイラギの目を引いたのは、その美しさにも関わらず誰ともお見合いをしていないという点だ。
これだけの美しさでしかもカデトゥス家と繋がりを持てるとなれば、縁を結びたいと願う人間は多いだろう。カデトゥス家は数少ない王の粛清を逃れた一族だ。それだけでなく、粛清により王の傍に仕える人数が減ったことにより地位を向上させた。王自身の考えからか、粛清後に新たに登用される人数は少なく無駄な職業は廃された。そのことにより、カデトゥス家は王に仕える貴族の中でも最大勢力を誇ることになる。
現宰相はカデトゥス家との直接の繋がりはないものの、前宰相は遠縁にあたる。そもそも、貴族らは自らの血を過信するがゆえに貴族同士での血の交わりを重視するから縁がないものなどほとんどないのだが。
ともかく最大勢力を誇るカデトゥス家は、それゆえに王妃を輩出する必要性は薄いのだ。さらなる勢力拡大を目指し、反感を買っては元も子もない。
しかし、実際に、彼女はここにいる。今まで見合い一つ受けたことがなく、舞踏会にも滅多に顔を出さないという噂だというのに。
これで、もともと王妃の座を狙っていたというのなら話は別だ。王は美丈夫だと聞く。王に惚れた箱入り娘の言うことを、甘い父親が聞いたという例がないわけではない。
だが、現在婚約者がいないとはいえ王太子時代の王には正式な婚約者がいた。当時を知る人は非常に仲陸奥まじかったと語る。第二妃を目指すには家名が重すぎる。

だからこそ、サイラギの目を引いた。
「知らないわ」
目の端でサイラギを捉えるが、すぐにその美しい湖水色の瞳は水の上に散らされた花に向けられる。
「そうですか。では覚えておいてください」
「なぜ?」
彼女の声は淡々としていて抑揚がない。乱してみたいと、思った。
「お友達になりたいからです」

時間が止まった。

ファリアータを覆っていた気だるげな雰囲気はなりをひそめ、上体を起こしてサイラギをまっすぐに見つめる。
やはりと思う。
「なぜ?」
彼女は、サイラギと同じ人種だ。
まっすぐに見つめる目はサイラギの真意を探っている。
当然だ、いきなり対立候補の一人がお友達になりたいと言い出したのだから。いくらサイラギが王妃になる可能性がゼロに等しいとはいえ、敵であることに変わりはない。サイラギ自身のことを知ってはいても、姿絵などは出回っていないはずだから嘘の可能性だってあるのだ。むしろ、嘘の可能性のほうが高い。
だから、小細工抜きに勝負する。
一歩前に進み、距離を縮めた。
「友達になりたいと思うのに、理由が必要ですか?」
「必要だと思わない? 少なくとも、敬語を使って私に話しかけてる貴女が本物だという証拠があって?」
「私は口があまりよろしくないので」
ファリアータが猫を被るつもりがなくなったらしいことにちょっと嬉しくなる。
言うべきことは少ない。
真実のみだ。
「カデトゥス家の人間と親しくなりたいと思っていました。あと、きれいな人だから。王妃になる可能性が高い人に近づいておくことは、重要だと思いませんか」
ここまで直球でくるとは思ってなかったのだろう、虚をつかれたように目を見開く。驚く姿も美しいなあなどと思いながらさらに言葉を紡ぐ。
「最も、利用するだけなら直接知り合いになるより、侍女を絡め取るほうが有利ですけどね。それ以上に――」
ひたり、と彼女の瞳を見つめる。
「友達に、なりたいと思ったから。それでは信用できませんか?」
サイラギは理屈を積み上げていくタイプの人間であって感情で動く人間ではない。だが、それ以上に直感を信じるタイプでもあった。
彼女と友達になりたい。
ファリアータの姿を見かけたとき、すぐに踵を返さず近づいたのは直感が働いたからだ。見惚れてその場に縫い止められてしまったのは予想外だが。
噴水の音すら聞こえなくなる。むせかえるような薔薇の香りも消えてしまう。
あるのは、二人の存在のみだ。

先にその均衡を破ったのはファリアータだった。
「ふふっ………話に、聞いていた通りね」
「え?」
先ほどまでとはうってかわった悪戯っ子のような光を瞳の中に見つけ混乱する。
「アトラス様から貴方の話を聞いていましたわ。隣の領地の一人娘だと。サイラギ・アッデライド様?」
「え、アトラスはファリアータ様に何を吹き込んだんですかっ?」
「大丈夫よ、単に貴族との交流があって慣れてないから気にかけてくれと頼まれただけ。少しばかり人となりは聞いていたけれど、まさかサイラギ様がこういうお方だとは思ってなかったわ」
そういえば、あの時アトラス様は口を濁していらっしゃったわね、と楽しげに笑う。
アトラスという名前に混乱する。
確かに、アトラスは王の近従だ。そして、カデトゥス家は王の近辺に仕える者が多い。接点は当然あるだろうが、どうしてファリアータがアトラスと知り合いであり、しかもそんなにも親しげなのか。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ。でも、サイラギ様はよろしいの? もちろん友人通しで王の寵愛を争っても構わないですけど、先ほどのおっしゃりようだと王妃になられる気はないのかしら?」
「え、あ――私は、選ばれると思っていないですから。それより、様はつけないで頂けませんか」
「あら、では敬語で話すのはやめて頂きたいわ」
私だって、友人と敬語で話したくはないもの、と少女のように唇を尖らせる。美しさと動作がアンバランスで、妙に目を引いた。が、サイラギとしてはそれどころではない。
「いえ、でも」
「貴方は友達と敬語でお話しするの?」
「……しない、な。でも、私はこういう口調だから。侍女が傍にいるときにファリアータ様に対しこんな口を聞いたら、睨まれそうだ」
「ファリアータ。様は、なし」
「……ファリアータ」
サイラギが主導権を握られることは珍しい。ところが、今は確実にファリアータの思うままだった。思わず目を伏せ、唇を引き結ぶ。
「構わないわ。だって、私だって『変わり姫』だもの」
「変わり姫?」
「……本当に、噂話に疎いわね」
「ファリアータさ、ファリアータの姿絵とかは見たが。本物には及ばないが、天使かと思ったよ」
「表には出ないわ。少なくとも、私の悪口はカデトゥス家の悪口につながるもの、誰も表立っていうわけがないと思わない? 知っている人は私が誰とも見合いもせず、舞踏会にもほとんど出ないことを指して言うわ。『変わり姫』ってね」
「そんなことは――」
「私が美しすぎるせいもあるでしょうけど」
ふふ、と艶やかに微笑んでそんなことを言う。本当に美しいからこそ許される言葉だ。
「何で、私が今まで誰ともつき合わなかったと思う?」
不意に出題された問題に、顔をあげる。真剣な目をして、サイラギを見つめていた。突然の問題だが、これはテストだと本能的に悟った。
友達になるためには、アトラスの口添えやさっきまでの会話だけでは足りなかったのか。
何かが、違う。
考え考え、ようやく口を開く。
理屈ではなく、直感で。
「『付き合ってはならなかったから』だと思います。いや、思う。立場や、好きな人がいるとか――そういうのではなく」
もっと、根深いものが潜んでいるような気がした。
「『カデトゥス家』だから。……私の家と違って、『母親の名』が隠されているから」
風が吹いた。
サイラギの黒髪が風にあおられ一瞬目の前を遮る。その時、ファリアータの目の色が一瞬変わったような気がした。
風がやむ。
「限りなく正解に近いグレー、かしらね」
「え?」
「ほぼ正解ってことよ。いいの、正解が出るなんて思ってないわ。約一ケ月、貴族との付き合いが続くもの、その間に調べてごらんなさい。隠すようなことでもないし、調べ方を学ぶといいわ」
それは、暗に深く問うことを拒絶していた。
サイラギはちょっと首を傾げてから頷いた。
「そうさせてもらう」
そういえばこういう貴族の間での駆け引きは初めてだ。今後のために練習しておくべきかもしれない、と心の中で考えていると目の前の美女が吹き出した。
淑女が吹き出すなんていいのだろうか。遠い昔に習った行儀作法のレッスンでは、淑女の嗜みとして笑う時は「ほほほ」と手で口元を隠すこと、とあったはずである。間違ってもお腹を抱えて笑うなんて習わなかった。
「あはははっ――ふふ、アトラスが言うとおり、面白いわね」
「何言ったのか気になるけど。後で、アトラスをとっちめて聞いてやる」
「淑女がとっちめるなんて言葉使うものではないわ」
「ファリアータこそ、言葉の意味知ってるんだろう? 私は辺境育ちで庶民と生活が近いから仕方がないしな」
「あら、言うわね」
「言う相手を、貴方は好むだろう」
「そうかもしれないわ」
「それくらいわかるさ」
同時に顔を見合わせ、同時に笑いだす。
「王妃選びなんて面白くもなくてしんどいと思っていたけど、面白くなりそうね」
「私も、貴方と友達になれただけで来た甲斐があった」
「あら、ありがとう。私もよ」
柔らかく微笑まれて、思わず赤面する。
美女の笑顔は強力だ。
「ああ――そろそろ、戻らないと。アエラに叱られる」
「そうね、私も戻らないと夜の支度が待ってるわ」

『では、また夜に』

夜の彼女の姿はまた格別に美しいだろうなあ――自然と緩んでしまう頬を引き締め、サイラギはファリアータに騎士の挨拶をし、口角をあげて微笑んだ。

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