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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
第一章-1「図書館にて」
本日の予定。
午後より知性テスト。

改めて見直しても、そうとしか書いていない。サイラギの朝の日課はフォロの世話。それからフォロに乗って朝の散歩がてら領地を見回る。領民の朝は早いから、自然とサイラギの見回りの時刻も早い。
だが、普通のお姫様方は朝に弱いのだろう。だから予定が午後からなのだろうが。
「……うーん」
「悩まれていても無駄ですわ。悩むくらいなら、遅く起きられたら良かったのに。私も楽ですし、たまに寝過ごしたいってぼやいてらしたじゃないですか」
「そうなんだけどね。実際は目が覚めるんだよ……」
「どこの隠居老人のセリフですか」
サイラギが起きれば自然とアエラやリューイも起きる羽目になる。すでに食事も済ましたが、太陽はいまだ天に上がりきっていなかった。
「二日置きって言ってたから、明日だしなあ。どうしようかなあ」
ディアルに会いたい。あの綺麗な毛並みに触れたい。
「リューイは?」
「フォロの世話に行きましたよ」
行きたくてたまらない。だが一度顔合わせをした以上、下手な動きをするわけにはいかない。あんな謎の声をすでにかけられているというのに、これ以上変に目をつけられたくはなかった。だからもしディアルに会うなら、その日だけであってフォロに毎回会いに行くわけにはいかない。
ストレスがたまる。
溜息ばかりのサイラギに、アエラは根負けしたのかついぞしない提案をしてきた。
「では図書館に行かれてはいかがですか?」
「図書館? ……あんまり物語に興味はないんだけど……」
サイラギの愛読書は「よくわかる国際貿易」や「良い肥料の作り方」、「ヴィラエステル王国国際関係論」などである。実際に体を動かすことが好きな彼女は、物語を聞くと眠くなる傾向にあった。
すでにここの侍女に、書物は置いてないかは聞いていた。おそらく物語好きな姫様たちのためだろう、可愛らしい物語の名前が次々とあげられた。好意で渡されたから持って帰ってはきたが、今のところ開かれる気配はない。
「別にここの図書室とは申してませんわ。王立図書館です」
「え、行っていいの?」
「王城内とはいえ外れにありますから、立ち入りの制限されてない場所です。それこそ、知性テスト用にお嬢様のために来ましたとでも言えばいいでしょう。好きな本を借りてらしてください。それで暇つぶしでもしててください」
あんまりといえばあんまりの言いようだが、サイラギの顔は一気に輝いた。
「え、うわ……書物かあ、あんまり書物ないんだよな。父上の写しの本物も見たいし、うん行きたいな行こうかな」
書物は高価なものである。紙も高価ではあるが、それでも書物よりはましだ。どういうわけか王城に勤めていた時期があったらしいサイラギの父親は大の本好きで、仕事の合間にせっせと写していたらしい。サイラギの領地にある書物のほとんどが彼の手によるものだ。サイラギも、父親のその功績は認めていた。
「どうぞ。もう図書館自体は開いておりますし、次はリューイかミリアに取ってきてもらえるよう、チェックすることをお勧めします。何度も行くわけにもいきませんし」
「ああ、それもそうだね。うう、誰かと入れ替えすればよかったよ」
「無理ですわね。魔力チェックで当人かどうかバレます」
魔力は個々で異なるものだ。簡単になら偽装も可能だと言われているが、王城レベルの探知機を使えばすぐにばれてしまう。侵入者対策でもある。実際、アエラやリューイもその高位の魔法を使えるので相手がわざと近づいてきた場合の判別も可能なのだ。
「そうだけどさあ」
「さっさと行ってきてください。今から掃除します」
「冷たいなあ」
「汚くていいんですか?」
「すみません行ってきます」
アエラの冷たい目線を受ける前にとっとと退散を決め込んだサイラギであった。


さすがにこの時間帯はほとんど人がいない。侍女も姫様方を起こさないようにとの配慮だろうか、いまだ活発に動き始めていなかった。王宮付の侍女でさえそうだから、姫様方が自分で連れてきた侍女たちも同様だ。時々、リューイのような小姓がぱたぱたと走りまわっていた。馬の世話は朝が早いから、彼らには仕事があるのだろう。
方向音痴のおかげか、サイラギの嗅覚は鋭い。見事に図書館の場所を探り当てた。
司書に『サイラギ様から書物を集めてきてと言われました』といえば、あっさり通してくれた。禁書の位置だけ丁寧に教えられたが、特にそれ以上の注意もない。
「どこから行こうかなあ……」
図書館なのを気にして声をひそめたが、休日でもなくまた朝早い時間帯、他に人は見当たらない。非常に広いから、どこかに誰かがいても気づかないだろうが。
あまりにも広い。おまけに本棚はそびえ立ち、上のほうはどうやってチェックするのかわからない。お目当ての経済書の本棚は見つけたものの、サイラギは途方に暮れた。
下のほうからチェックをする。幾つか気になる本を抜きだす。ひとつ上の棚をチェックする。気になる本を抜きだす。
それを繰り返していたら、予想通り手が届かない位置になってしまった。おそらく、何か魔術が仕込まれているのだろうがさっぱりわからない。本棚の端に戻って、何か魔術が仕込まれていないか確認する。
「うーん、紋?」
やはり何か仕込まれているらしいが、わからない。下手にいじったら怖い。床に置かれた本を放っておくのか気が引けるものの、司書に聞くべきだろう。
「どうした? 棚紋の使い方がわからないのか?」
不意に背後に影ができ、反射的に手を腰にあてそうになる。
(そうだ、今は剣を持っていない……)
そして、今の恰好は侍女にすぎない。おかしな行動は怪しまれる。手をそのまま胸元にもっていき、ゆっくりと振り返った。
「えっと――」
物珍しそうに彼女を見ているのは短髪で背の高い偉丈夫。アトラスがたまに着ている服に良く似た格好をしていた。別にすごんでいるわけではないのに妙に威圧感があるのは、近衛騎士団あるいは軍隊に属しているからだろう。
「はい。実は、初めて図書館を利用するんです」
「珍しいな。――ああ、その格好、王宮の侍女じゃないのか。どこの侍女だ?」
ああ、こんなに顔を覚えられるところでそういうことを聞かれたくない。アトラスと似た格好ということは、近衛騎士団の可能性が高い。アトラスの知り合いなんて最悪だ。しかも晩餐会を取り仕切ったのが近衛騎士団なら、彼らが王妃品評会そのものを取り仕切っている可能性が高いというのに。
「あの、実はヒスリア宮に、宿泊させて頂いておりまして――」
「王妃候補の侍女か」
一瞬目の中に何かが過った。それの正体を探ろうとする前に、男は唇を吊り上げ手を近づけてきた。
「こう使うんだ」
棚に描かれた紋に『1』を書く。さらに小さく下に描かれた右側の紋に触れると、一回鈍い振動が棚を通じてサイラギに伝わってきた。だが音はしない。
「音がしたら、図書館ではうるさいだろう。ほら、一番上が降りてきた」
「えっあ――」
「1番上から番号が振られている。右が起動、左が終了の紋だ。好きな本をチェックし終わったら左に触れれば元の位置に戻る。司書のやつに聞かなかったか?」
「教えていただきませんでしたが」
男はあきれたような顔になった。
「あいつ……わかった、言っておく」
「いえ、別に教えて頂きましたし――」
「司書の仕事を怠ったんだ、当然だろう?」
男が悪戯っ子のような酷く無邪気な笑みを浮かべると、威圧感が消えた。気を張っていたことに気づき、こっそり深く息を吐く。
「そうですね」
サイラギも同調して笑みを浮かべた。
「で、姫様方の侍女がどうして図書館に? あっちにも図書室はあるだろう。ここにあるような本は確かにないだろうが」
「ええ、経済書を必要とされているので」
「姫様が?」
「――私が、読みたいんですけどね」
嘘は言っていない嘘は。確かにサイラギは『姫様』で、『私』が読みたいのは本当だ。
「へえ。好きか、こういうの」
「好きですよ。理論が通っていて、すべての事象が収束していったり色んなケースを検証したうえで自論を押しだしたり」
「珍しいな。そういう女は少ない」
「でも、現在の財務長官は女性でしょう?」
確か40前後の妙齢の女性だったと記憶している。女性初の政務官で、次期領主という同じように男性がほとんどの地位を目指すサイラギにとっても憧れの女性だ。あいにく彼女は王宮勤めだから、憧れの女性にも関わらず情報をあまり持っていない。
せっかくだから、いる間に情報だけでももらえないだろうか。
思考がわずかに脱線しかけた。男は面白そうに笑う。
「ここは図書館ですよ」
「知ってるとも」
さらに笑いをこらえているようで、サイラギとしてはどうしたらいいかわからない。何かしてしまったのか。
「久し振りに面白くてな。気にするな」
「いや、気にしますが」
「ほう、そっちが素か」
侍女ぶりっこが剥がれ思わず素で突っ込んでしまった。しまった、と思う。
「……初対面の人に、素も何もないと思いますよ?」
「ふむ。それでは俺にはもう気を許してくれたということか?」
「名前も何も知らないのに気を許すと思ってるということですか」
「ああ、ファガルだ」
あっさりと名乗られた。
「で?」
促され、ちょっと考える。何か言うべきことがあったかと考え、思い出した。
「ああ、ありがとうございます」
にっこりと作り笑顔のオプション付き。いつもの次期領主としての笑みではないが、断じて侍女が浮かべるような笑顔ではない。
「ファガル様、ありがとうございます。おかげで上の本が取れるようになりました。特に問題ないので、どうぞお目当ての場所へ。私のためにお時間を取って頂きありがとうございました」
アトラスにばれても仕方がない。逆に彼に、サイラギは当の姫様だとばれても問題ない。別に姫様が外に出てはいけないと言われているわけではないのだ。行動に規制がかかるかもしれないが今さら考えても仕方がなかった。
それより、降りてきたところにある分厚い「経済大書特別版」が気になる。なんだろう。正直いまだ領地で財務ができる人は少なくて、手頃な教科書になるものが欲しい。それとは別に、現在財務を担当している秘書官は本の虫で財務の鬼だから、少しでも写して帰ったら喜ぶかもしれない。
こんな男を相手にしている暇はないのだ。
笑顔を崩さず、一礼した。男を見返すこともなくサイラギは本棚に向かう。
「……あ――」
何か男が言いかけた。何を言おうとしたかはわからない。その上から聞き覚えのある声が覆いかぶさったからだ。
「こんなところにいたんですか! ちゃんと場所くらい知らせておいて下さい。俺が捜す――」
サイラギは振り返る。明らかに固まっていた。何か問題行動でもしていたのか。サイラギとしても、知合いだとバレたくはないので黙って2人の様子を観察する。
「………へ、いやファガル様! ナンパなんてしてないでとっとと行きますよ。訓練が始まるんです」
「まだ用を済ませてないんだが」
関係ないことだ。しいて言えば、予想外。さらに言うなら声がうるさい。とっとと出て行って欲しい。
「どうせ大したことないでしょうが」
「いや大したことある」
また本棚の物色に没頭しているサイラギをファガルはちらりと見て重々しく頷き、連れに来た彼の耳元に囁いた。
「っっ――馬鹿が!大体」
「煩いので、行くならどっかに行ってください。行かないなら黙ってください」
いい加減にしてほしい。ここは図書館だ。大声をあげていい場所ではない。
「……すみませんでした」
「ほら、アトラスのせいで怒られた」
「お前のせいだろうが」
小さく呟いた彼――アトラスは、溜息をついてファガルの耳を引っ張る。
「ちぎれるから! 昨日も俺それやられて」
「だったら黙ってください!」
さらに大声でファガルを怒鳴りつけようとした――いきなり全身に重圧がかかった。殺気はないが、怒気はある。体を支え切れずに2人ともその場に崩れ落ちた。
「だから。黙ってください」
本を片手に指で2人に魔法をかけたサイラギが低い声で彼らに告げた。
『すみませんでした』
その格好のまま2人は頭を下げて謝った。

それから本気で謝るときにその『格好』――土下座が流行ったかどうかは、神のみぞ知る。

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