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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
2「それぞれの探検」
リューイは年齢よりも小さな体躯をしている。本来の年齢を考えれば、ついて来てはいけないと言われるかもしれなかった。

そのあたりの偽造はサイラギの得意とするところだ。しれっとした顔で提出書類に年齢を下げて書き込み、返答を受取りにきたアトラスに渡してしまった。今の王に代わってからは流通もだいぶ整備されているとはいえ、確実に届くにはいつになるかわからない。そもそも、サイラギはイレギュラーに近いのだ、アトラスが責任を持つべきだ、とかなんとか言ってサイラギは手紙を押しつけていた。
憮然とした顔にも、しょうがないなあという笑みが浮かんでいてちょっとムカついた。
だけど、王宮にいる人間の中で一番利用できるのは彼だから、我慢するしかない。探すべき彼の顔を思い出して、リューイは溜息をついた。
ちらりとすれ違った女性がけげんそうにこちらを伺っていたので慌てて顔を引き締める。どこの人かわからない。色んな制服があってめまいがしそうだった。覚えきれないかもしれない。サイラギを抜かして十の家系、そのそれぞれが独自の制服を持つ。ただ、幾度となくすれ違う人の中、一番多い格好はおそらく王宮に仕える侍女だろう。華美ではないが、胸元に王家紋章の刺繍がされている。
わかりやすくていい。
リューイは内心口を尖らせた。他の服は、妙に凝っているくせにどこのものかわかりにくいのだ。どこの姫が来るかもわからなかったから、道中、情報を頭に入れることもできなかった。これではサイラギの役に立てない。
それは、嫌だ。
幸いなことに、リューイを気にする人間はいなかった。彼の年齢ならば、連れて来ている人も多いのだろう。簡素な制服ということもあり、姫君の世話をしなければならない侍女たちの気にするところではなかった。
元後宮だけあって広い。だが、広くても限界はあり、地図によれば、サイラギのいる場所は一番門から近い。その程度の扱いを受けているということでもあるが、それは逆に調べ回るには便利なことだった。ある一定の場所で、壁の材質が変わる。途中から、後宮の世話所に入りそうになったからずれたつもりだったのだが、どうやら少し入り込んでしまったらしい。影になっているところで足を止め、回りを見まわした。
もう一度地図を思い出す。確か、門の近くには庭と詰所があった。詰所の手前に横道があり、裏庭に続いている。裏庭の使い道はよくわからないが、美しくはないものが色々植えられているのだと思う。その先に行ければいい。
基本的に、王宮には入れない。でも、『お姫様のわがまま』なら何があってもおかしくないから、ある程度の融通はきく。
まだ、入れないかもしれない。そこまで期待はしていない。
でも、何かがあってからでは、余計に厳重になる。それよりは、着いた当初から探りを入れるべきだ。
それが、サイラギの教え。
決して、どこにいても自分の役割を忘れてはならない。
人気が途切れたことを確認し、リューイは再び動き出した。

リューイのいいところはすぐに動けるところだ。だけど、それは同時に欠点だ。ある程度ゆったりと構えなくては非常事態に対処できない。全てを予見できるように調べても、完璧にはならないのだ。
それを、後で教えてやろう。
サイラギは地図を片手にふらふらと歩きまわっていた。さすがに他の姫に与えられた場所に行くにはまずいが、共有スペースなら何の問題もない。何か聞かれたら『サイラギ様』に馬の様子を見てこいと言われたのだけど迷ってしまった、とでも言えばいいのだ。サイラギは滅多に王都に行かないし、騒がれるような容姿でもない。滅多に領地から出ない田舎者の姫だと思われているはずだ。
さすがに初日、動き回っている姫はいない。自然と周りを世話する者も、姫の周りに集まる。忙しく動き回っているのは王家の紋章を刺繍した侍女たちくらいだ。たまによくわからない制服もみかけるが、恐らく姫に何か言われたのだろう。難儀なことだ。サイラギは誰かに無理難題は言いつけない。
その代り、勝手に自分で動くなと怒られる。黙って要求する姫のほうがよほど扱いやすいと溜息をつかれることもある。
「私のほうがタチ悪いかもな」
わかっているならもう少し大人しくしてくださいとアエラが言いそうなことを呟いた。
だからといって、大人しくしている気など毛頭ない。
元後宮だけあって、入り組んでいてわかりにくい道が多い。おそらく中で姫同士が接触しにくいようにだろう。諍いを避けるためでもあるだろうが、結託されても困るからだ。地図に書いてない道もあることから考えて、王宮から監視しやすいようになっているのだと思う。今回の王妃品評会とて、貴族たちの争い場所だ。弱みを握る機会でもあり、監視する意味も含まれてこの元後宮が選ばれたに違いない。
地図に書いてないということは、王宮側が姫を世話するために使われる道、というのが表向きの理由だろう。通ってはならないという黙示の意志も感じられる。

でも、書いてない以上は通ってはいけないということにはならない。

うん、そのはずだ、と小さく頷いてするりと横道に入りこんだ。しっかり地図にマークもつけておく。先はよく見えない。左側の高い壁に手を置くと、忙しない足音が振動として伝わってくる。おそらく、どこぞの姫に与えられた建物だろう。サイラギが与えられた場所より立派で広くて部屋数も多そうだ。部屋数がそんなにあっても困るとはいえ、ふかふかのベッドだけでも感動したサイラギとしてはちょっぴり悔しい。
というか泣きたい。
こんなものにお金をかけるくらいなら、税金減らせ。
毛布を二枚つめ、そのうえに繕ったカバーをかぶせてベッドの下に敷いているのだ。
長く続く壁は、それだけこの建物の内部の部屋が多いことを示していた。それなのに、足音は途切れることはない。よほどの金持ちの姫か。規定の人数より多い従者は自分の費用で賄わなければならないというのに。
壁が途切れるまで延々金持ちに対する恨みを呟き続けていたが、壁の向こうに広がる空間に眉をひそめて頭を切り替える。恨みは後でも言える。そもそも、この場所で一ヶ月も過ごすのだ、身が持たない。
左手を壁に添えたまま、ゆっくりと目線を走らせる。体を壁に寄せ、辺りを伺うが人の気配はない。

もしかしたら、ヤバいかもしれない。

後宮、出ちゃった? いやいやいや、こんなに簡単に侵入できてたまるか。
もし王宮に入り込んでしまったとすればヤバいどころの話ではない。馬を探しにきたという言い訳では足りないだろう。今の王に対し不満を持っている貴族は多い。絶大な力と能力、民衆の声援に圧されて口をつぐんでいるだけだ。王は中央集権制にしてしまった。領地からの収入をごまかすことが難しくなり、昔に比べて明らかに貴族の財産は減っている。今はいい。でも、王に近づこうと狙っている者は多いし、王を廃そうという動きがいまだあるのは自明の理だ。
よって。
今のサイラギは非常に危険である。
「って、他人事みたいにしてる暇ないって!」
さっさと引き返さねばと思うのに、気になってしまう自分の性分が恨めしい。人はいない。むしろ、なぜこんなに寂れたところが後宮近くにあるんだというくらい、手入れのされていない場所だった。木が立ち並び、まだ日は出ているというのに薄暗い。色んな植物は生えているものの、全く手つかずに伸び放題だった。よく見れば食べられそうな草花もあり、
「うわあ……毒草まであるよ」
ますますもって危険な場所だ。こんな場所にいるところを誰かに見られたりしたらサイラギの身が危ない。法治国家としてそれなりに法が機能するようになったのはつい最近で、今でもたまに貴族が気にいらないからという理由で庶民を殺すことはあるのだ。さすがに表立っては禁止されているが、先代の時代でも初めのころは許されていたという。つまり、最近になってようやく『表立っては』やらなくなってきたところなのだ。
「っっ!」
身を乗り出しかけた彼女だが、木々の間に見える小さな建物に気づいてさらに身を小さくした。何となく、人の気配がする。しかも、詰所のような簡易な建物ではない。ずっと大きく、立派で――どことなく悲しげな館だった。
ちらりと、場違いな色が見えた気がして、眉をひそめた。窓際に、人がいる。
ヤバい。こっちに気づいてたらヤバい。

周囲に溶け込む色をしているからわからないと信じたい。すぐに数歩下がり、再び元の道をゆっくりと戻ることにした。
一瞬見えた色。
金色だった気がしたのは気のせいか。
自分の中の好奇心の虫がうずく気配がして、音を立てないように小さくため息をついた。


今頃、彼女はどうしているだろう。初日とはいえ、もう始まっているのだ。何を企んでいるかわからないが、こんなところに来るなんてありえない。着飾ることは嫌いではないようだが、服がないと嘆いていた。せめて一着くらい服を提供すべきだったかもしれない。彼女は豊満で美しいとはいえないが細くて華奢なのだ、探せば妹のお下がりくらいあったはず。服がないと嘆かれるたびに、自分が小さい頃に着ていた服をあげていたのが間違いだったかもしれない。
アトラスは朝から気もそぞろだった。何事も余裕をもって仕事をし、いつも笑みを絶やさない彼には珍しく失敗を重ねていた。先ほども訓練中に怪我をしてしまった。大した怪我ではないとはいえ、悪化させては元も子もないと上官に早々に追い出された。
アトラスの様子に気づいていたに違いない。医務室を出たあと、本来の仕事の時間まですることもなくぶらついていたら、厭味な法務官に捕まってしまった。
「それにしてもいい身分ですな。陛下のお近くにいると、訓練を休むことも可能なのですか」
「……いえ、それは自分が本日、集中力に欠けていて邪魔だと追い出されまして。そのぶん、明日しごかれると思います」
「ほう、ラウスデル殿でもそのようなことがあるのですか。そんなことでは陛下の傍にいてられませぬなあ」
「自分でもそう思いますゆえ、今後はより気を引き締めねばと戒めております」
どうにかしてくれこのおっさん。
普段なら受け流す厭味も、今は堪えた。一応地位ある人が相手なので、嫌そうな顔をするわけにもいかない。助けを求めようにも、気付く人は皆避けて通るし気安い連中はいまだ訓練中だった。
厄日だ。そういえば、星詠みの馬鹿がそんなことを言ってた気がする。
おっさんは仕事をしなくていいのか。厭味が仕事か。言いたい気分を抑えて、懸命ににこやかな顔を作り続ける。
「大体――」
言い返さないのを見て、さらに言葉を続けようとしたところに、軽やかな足音が近づいてきた。
「アトラス様!」
聞き覚えのあるような、ないような幼い少年の声に、天の助けとばかりに振り返った。
だが、天の助けではなかったかもしれない。むしろ、悪魔の声だったのかもしれない。
「アトラス様! 良かった、探したんですよ。あの、ちょっといいですか? ご用事でした?」
心配そうに法務官を伺う彼に、どうやらそこまでして引き留める気はなかったらしい法務官は鷹揚に首を振ってみせる。ほっとしたような笑顔は実に愛らしい――不気味なくらいに。
「いや、大丈夫。――申し訳ありません。何事か起ったようなので、失礼します」
足早に、少年と人目のつかない場所まで逃げ込んだ。疲れが一気に出たらしい。大きなため息をついて、その場にしゃがみ込む。頭を抱えるアトラスに対し、少年は容赦ない言葉を浴びせた。
「アトラス様。用事なんですけど」
声は相変わらず可愛らしさを装っているが、冷たい目が隠し切れていない。目の前の少年を仰ぎみて、上から下まで格好をチェックする。どう考えても、ラウスデル家の制服だ。彼が本来持っている制服ではない。
「リューイ……それ、何だ」
ついでいえば、こんなに愛想のいいリューイなど、今まで見たことがなかった。
いつも、サイラギの後ろに隠れてアトラスのことを睨みつけているだけの少年だったのに。
やっぱり、今日は厄日に違いない。
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