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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
第一章-2「裏庭」
好きなだけ本が借りられると聞いて浮かれてしまった。

サイラギは顔を隠すほどの大量の本を抱え、ヒスリア宮に戻ろうとしていた。鍛えているから重さはさほど気にならない。問題は前が見えないことだ。顔が見られないのはいいが、何せ方向音痴が激しい。行きと景色が反対側になってしまうから帰り道というだけで苦手なのに、前が見えないとなっては絶望的だ。
それでもどうにか人に聞いたりしながら、王宮を出ることができた。さて、問題はどうやってここからヒスリア宮に戻るかだ。よく考えればお姫様がこんなに荷物を持っているのはおかしい。アトラスに頼めば良かった。アトラスが敬語を使っていたあの男も、アトラスよりは地位が上だろうが近衛騎士団のはずだ。ヒスリア宮に近づいてもさほど問題なかったはず。
つくづく自分の考えなしが嫌になる。何かに夢中になると他のことが頭から抜けてしまう。
「……魔法だって使ってしまったしなあ」
さすがに腕が疲れて途中で休憩を取る。何か入れ物を持ってくるべきだった。魔力をさほど持たないから、上手いこと使わないとすぐに枯渇してしまう。先ほどの『お仕置き』で魔力を使い過ぎた。重さを制御するには、魔力が少し足りない。
「リューイが話しかけてくれたらいいんだけどな。こっちからはできないし」
リューイのような魔力の高い人間は、晩餐会別れ際の声の主のようにテレパシーを送ることができる。無礼なことだから滅多に使われないが。

「――誰かに、話しかけたい?」

背後で声がした。
足音が聞こえなかった。思わず距離を取り、防御体勢に入りそうになる。それがかなわなかったのは、荷物の量の多さである。侍女が臨戦態勢のまねごとなどしていたら目をつけられるどころではない。内心胸をなでおろして、ゆっくりと振り返った。
「俺、手伝おうか」
見えない。ちょっと顔をずらして本の山からのぞいてみる。
淡々と話すのは見たこともない格好をした青年だった。長い髪は魔導士であることを示しているが、猫毛なのかいろいろな方向に飛び跳ねていて威厳のかけらもない。
何より、髪と同じ色をした瞳の無垢な様子がリューイと似ている気がして、警戒を解いてしまう。
「……誰、ですか?」
「? 誰でもない。俺は、俺」
「そういうことではなくて」
「だってここは誰でも入れる場所じゃない。入れるなら、それで十分」
「――――え?」
サイラギはあたりを見回した。気付く。以前、ヤバい場所だと思ったところだ。さあっと血の気がひく。
「大丈夫」
なぜか青年は自信ありげに頷く。
「誰も来ない」
だからそういう意味ではない。
だがわけもなくほっとして、大きく息を吐きだした。
「来ないのは、後宮近くだからですか?」
「近いけど、違う」
無表情なのに、なぜか耳がしゅんとした犬のような顔に見えた。
「館があるから。入ってはいけないし、入ることもできない」
「でも、私は」
この間も、近くまで来た。
入ってはいけない場所だから『地図に道が載っていなかった』のかと思っていたが、そうではないのか。『認識できない場所』か、それとも『入ることが不可能な場所』か。どちらにせよ、同じことだ。
「誰に話しかけたい? 俺は、媒体になれるよ」
何を企んでいる。
普段のサイラギならそう問いかけるだろうし、問いかけることすら警戒するかもしれない。しかし目の前の邪気のない青年を疑おうとは思えなかった。
代わりに、首を振る。
「大丈夫です。重かったから休憩していただけ。それより、どうして私はここに入れたんでしょう?」
青年は首を傾げる。
「迷いこんだから、かなあ。目的を持っては入れない。迷い込む人はたまにいる。――何度も迷う人は、いないんだけど」
方向音痴のせいか。
侍女は普通道を熟知しているだろうし、まして変な道に入ろうとはしないのだろう。後宮跡近くだ、もともと多くの人が立ち入る場所ではない。
「近道だから。許されたんだ、きっと」
何に許されたのだかさっぱり不明である。ここに魔法で目隠しをしているなら、魔法をかけた当人ということか。
彼に聞いても話が通じない気がしたので問いかけることは諦めた。
「でも、迎えがあった方がいい。誰に話しかけたい?」
結局そこに戻るわけか。
ふっと笑ってその場にあった大きな岩場にもたれかかる。
「そうですね。では、リューイにお願いします。私の小姓です」
通常、相手の魔力がわからなければ回線を開くことはできない。繋げる相手がわからないからだ。当然青年はリューイのことを知らない。優れた魔導士でも、そこは最低限のラインだ。青年がどうやるのか純粋に興味があった。
「どんな子?」
「女の子みたいにきれいな顔立ちをした少年です」
「ふうん」
どうやるのか、とじっと彼の行動を観察しているといきなり頭の上に手を乗っけられた。人の動きには敏感なはずなのに。
「――」
軽く撫でられ硬直する。真面目な表情で視線は宙をさ迷っている。この行動が、必要なのだろうか。抗議する雰囲気でもなく、なすがままになっていると青年はつぶやいた。
「見つけた」
とたん、いきなり頭の中にリューイの声が飛び込んできた。
《えっ――さ、サイラギ様!?》
そりゃ驚くだろう。サイラギではこんな芸当できないのだ。どうしようもなくて目の前の青年を見上げるが、ちょっと嬉しそうなだけで何も言う様子はない。仕方無いので適当な言葉を頭に思い浮かべた。テレパシーの場合、脳内で相手に話しかけるだけでいい。
《あー、驚かせて悪い。今平気か?》
《へ、平気ですけど。どうやってるんですか?》
リューイにしては珍しく取り乱している。悪いことをしたなあと思う反面、久々に子供らしい部分が見えてちょっと嬉しい。
《ちょっと事情があってね、問題はないよ。試したかったのと、ああ、そうだ。図書館に行ってきたんだけど見境なく本を借りてしまってさ。手伝ってもらえたらなあと》
《どれだけ借りたんですか》
取り乱してる取り乱してる。普段のリューイの従順ぶりを知っているだけに、突っ込まれるととても嬉しくなる。
《やあ、顔が見えなくなるくらい? だからさ、リューイの手が空いてたら借りたいなあ。無理にとは言わないよ》
《……大丈夫です。すぐに、行きます。でもどこかわかりません》
リューイはサイラギの魔力を熟知している。どこかわからないというセリフに違和感を覚えた。サイラギがどこにいたって、その魔力を感知できるはずなのに。
疑問に思い、青年を見返す。
「ここを出たら、すぐにわかるよ。大丈夫。あと、後宮跡は少し混線してるから、わざと別の魔力とか流して魔力の痕跡を乱してる。変な人、いっぱいだから」
言われていることがわかるようなわからないような。とりあえず彼がすごい魔導士であることだけはわかった。
《どうしましたか》
不安そうなリューイの声に慌てて答える。サイラギの気配が消えることにも怯えていただろうし、何かあったのかと思ったに違いない。
《大丈夫。ちょっと結界に入っただけ。間違えてね。すぐに出るから、そうしたらわかるよ》
《わかりました。では、戻ります》
ぶちりと切れた。リューイから切るなんて、それこそ本当に焦っているらしい。
「いい子だね。回線、貴方のためにずっと開けてた」
回線をあけっぱなしということはある意味、相手に自分のことが筒抜けということだ。サイラギに探る気がないだけで、手を伸ばせばリューイの考えを覗くことは可能なのだ。
「……えっと」
「サイラギが、貴方の名前」
「はい、そうです」
頭の上から手がどく気配はない。なぜか指で髪の毛を梳かれ始める。毛づくろいされている気分で妙にくすぐったい。
「サイラギ」
「はい」
ふわりと微笑んだ。
「っっ何ですか」
今までの無表情がウソみたいに柔らかく、酷く人を惹きつける笑みだった。無邪気で柔らかく、人の心にするりと入り込む――どこかで、見たことがある。
思い出そうと考えを巡らせる前に、青年が再び口を開き、思いついた何かは霧散した。
「髪、きれいだ」
「はい?」
「いいなあ。まっすぐで、きれい」
とても楽しそうだ。何と返せばいいのかわからない。とりあえずお礼を口にすると、また嬉しそうに笑った。そうすると、彼が非常に整った顔立ちであることがわかる。
「特別」
「え?」
「魔法、かけてあげる。隠れて戻れるよ」
「……ありがとうございます?」
特に何か唱えた様子もなく、ただサイラギの髪をすくい口づける。ふっと息を吹きかける。
「終わり。隠れて戻れる。きっと小姓が見つけてくれる」
何をしたのかわからない。でも、満足げだったから成功したに違いない。
荷物にも魔法をかけてくれたらしく、酷く軽い。これならリューイを呼ばなくてもいいんではないかと思ったが、それを言うのも野暮な話だ。相変わらず目の前が隠れるほどの本を抱えると、青年が呟いた。
「また、会えると思うんだ」
「え?」
青年の表情は見えない。
「そのときは、敬語抜かすのが、約束」
「あ、はい――わかりました」
会えるとは、どういうことだろう。サイラギと別のところで会う可能性があるのか、それとも彼も王妃候補の世話係に選ばれているのか。
どちらにせよ、聞いても意味のないことだ。その代りにサイラギは別のことを尋ねる。こんなにも邪気のない青年に問う自分をあさましく思う。しかし、それでも彼女は『貴族』であることを選んだのだ。
「貴方は王と近しいのですか?」
少しでも、情報を。
王、という言葉を聞いたとたん彼は酷く渋い顔をした。無表情なのに、明らかにむっとしている。拗ねているというほうが正しいかもしれない。
「――サイラギは、王に興味ある?」
「え、まあ……一応私もこの国の民ですから? 興味がないほうが珍しいかと」
「だめ」
「え?」
青年は激しく首をふった。ただでさえ飛び跳ねている髪がさらに酷い有様になる。
「だめ。俺、あいつ嫌い」
口調からは酷く親しい様子が読みとれた。しかし、彼は王が嫌いなのだという。
「私は別に好き嫌いではなく、純粋に王としての資質が気になるだけです。安心してください」
うまくいけば、もっと話が聞けるかもしれない。それならば彼と仲良くなって置くべきだった。
しかしもう時間切れだ。そろそろ戻らなければリューイは心配するし、テストが待っている。アエラもあんまり遅くなると本気で怒りだすだろう。
「じゃあ、また。ありがとうございます」
「――ん」
青年は一言頷くと、右手を勢いよくあげて何かを『つかんだ』。
「じゃあ」

風が吹く。一瞬の間に、青年は姿を消した。

「サイラギ様!」
同時にリューイの声が背後から聞こえた。
「え?」
景色が転じる。気付くと、ヒスリア宮の中にある小さな裏庭に立っていた。
「ええええ?」
「大丈夫ですか?」
走ってきたのに息一つ乱れていないが、白い頬がわずかに赤くなっていて少し申し訳なく思う。
「大丈夫、だが。私がどこにいるかわかったのか?」
「途切れた回線を無理やり辿って、大体の位置を把握して。それから、探してたら、いきなりサイラギ様の魔力が、出現しました」
どういうことだろう。さきほどまでは確かにあの謎の館の傍にいた。なのに、青年の姿が消えたと思ったら裏庭に立っていた。
魔力探知力は低いとはいえ、さすがに魔法を使われたらサイラギでもわかる。なのに、気付かれないうちに『何か』されたのだ。
「サイラギ様」
「何?」
「魔法の、残り香がします。誰かといたんですか?」
いたといえばいたが。
今となれば、自信がなくなるほどに不思議な出来事だった。
「――いた、のかな。わからない」
呟いたサイラギの様子から何かを感じ取ったのか、リューイはただ一礼しただけでサイラギから本の山を受け取る。
「全部持つのは大変だろう」
「サイラギ様に持たせていては、僕の立場がありません。急いでください。アエラもサイラギ様、待ってます」
「嫌だなあ。きっと怒ってるだろうなあ」

帰ったら、予想通りアエラの雷が待っていた。

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