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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
6:情報過多は窒息死の元
英語が存在する世界。
ここは――いったい何なのだ?

一瞬思考が停止したわたしに気づいているのかいないのかヤグディルはのほほんと続ける。
「そうですね、私は会ったことないんですが。師匠は会ったことあると思いますよ」
「師匠……」
「ハヴァイスのことだ。さっき、昼飯の時に会った爺様」
ああ、あのおひょいさんか。人物関係がわからなくなってきそうだ。さっきも師匠=ハヴァイスさんだと考えたのに、もうわからなくなっている。せっかく紙があることだしと、ヤグディルとハヴァイスさんの関係図を師弟で書いてみる。で、そこに英語が話せる人と付け足す。
「その、英語を話せる人は……」
「彼女は、『時を超える者』ですから。それにしては、長くいらっしゃったようですけど。結構この国を気にいって下さったようでしたねえ」
『トキヲコエルモノ』。日本語で聞こえるにも関わらず理解できない。私の表情の変化を読み取ったのか、ちょっと頷いて詳しい説明をしてくれた。
「少し詳しい話をするので、書きとった方がいいと思いますよ」
先に付け足された言葉に慌ててペンを取る。ペンはインク吸い取り式だ。慌て過ぎて、少しインクが飛び散ってしまった。
「貴方が住んでいた世界のように、異世界は存在します。貴方の国ではどれほど認知されているかは知りませんが、この国では国の中枢にいる人間は知っていますよ。庶民の間ではおとぎ話、程度の認識ですけどね。それでも、会ったことがあるという人は後を立ちません。そうですね……倒れてるところを助けたら珍しいものをくれたとか、逆に襲われたなんて人もいます」
あれか、妖怪みたいな扱いか。河童の妙薬。靴磨きの小人。絵本を思い出す。
「『時を超える者』は総じて知識レベルが高い。場合によっては一人が関わるだけで飛躍的な進歩を遂げる分野が出たりしますから、扱いは慎重なんですよ。この世界とて国は一つではありません。どこかの国が突出してしまったら、均衡が崩れて大変なことになってしまいます」
笑顔に変わりはないが、ちょっと困った笑顔になる。もしかしたら、以前にそんなことがあったのかもしれない。聞かないけど。わたしは『時を超える者』←扱いは慎重に、と付け足す。
「ですから、この国に彼らが来た時点で各国に通達、最初に訪れた国の代表が接触することになってるんです」
「え、じゃあわたしが来たこともみんな知ってるの?」
思わず聞いたわたしに対し、困ったような眉がさらにへの字になった。ライエが翻訳する前に英語で繰り返すと、彼はそのままわたしたちの後ろにいるシェロンに目線を移す。思わずわたしも後ろを振り返る。
「……まだだ。今回はイレギュラーだ、まさか召喚まで保護規定には含まれん。通常人を召喚することはできんしな」
苦々しい口調。ああ、そうか彼がわたしを嫌がるのはライエに対して危険だからというだけではない。
他国に対しての扱いに困るからだ。この国の技術レベルはわからないけれど、例えば私が大砲の作り方を知っていて、この国にまだ大砲がなかったら。
……へたに、知識を伝えてはだめだ。『わたし』だけが特別でなくてはいけない。
それに、保護規定という言葉も気にかかる。それは『時を超える者』に対するものなのか。だとしたら、わたしはどういう扱いになるのだろう。
それから、人を召喚することが出来ない――ならば、どうしてわたしはここに来ることができたのか。浮かんだ疑問を忘れないように、素知らぬ顔をして書き出しておく。
通じるのが英語で良かった。日本語で書いても誰にもわからない。言語の習得には困るけど、秘密保持が楽なほうがずっといい。
「何を書いてるんですか」
「いろいろ。『時を超える者』が英語を使えたとか、書いてます」
「ユイの文字はきれいだな。絵みたいだ」
「漢字、って言うんだよ。ひとつひとつに意味があるの」
ライエは他にも何か聞きたそうだったが、わたしとしてはヤグディルと話したい。素知らぬ顔でさらに疑問を口にする。
「『時を超える者』は、今はこの国にいるんですか? ……わたしは、会うことはできるんでしょうか」
ライエが黙った。さっきから必要のないわたしの言葉まで翻訳してくれていたのに、どうしたのだろう。ヤグディルが問うようにわたしを見たので、英語で話すことにした。『時を超える者』はわからないからtheyでいいや。 Do they stay in this countryとCan I meet themだけだ。中学生英語って素晴らしい。
「今は、いません。他国にもいらっしゃらないようですね。そう簡単に、お会いできないんですよ。ほんの10年ほど前にはいらっしゃったんですが」
10年前にほんのをつけるのが正しいのかは謎だけど(わたしの人生の半分だ)、今はいないことだけはわかった。
今はいないと書き加えて、顔をあげるとこちらをまじまじと凝視するライエと目が合った。青い瞳がこぼれんばかりに見開かれている。可愛いけれど、どうしたのだろう。
「どうしたの、ライエ」
手を少し強く握ると、目を瞬かせてから小さく言葉を発した。どうでもいいけど睫毛長いな。
「……言葉」
「え?」
「通じるのか」
一瞬何を言われたのかわからなかった。強く握り返されて慌てて首をふってから、考え直して頷いた。
「通じるとは言えない。わたしの国の言葉じゃないから。でも、少しわかるから――意志疎通が図れる、くらい?」
ライエは黙り込んで目を伏せた。わたしの今の言葉も、ヤグディルたちには通じてないんだけどいいんだろうか。
「わからなかった」
「え?」
「ユイの言葉」
「あ、ああ……うん母語じゃないからね」
ライエとは頭の回線が繋がってるか何かで言葉が通じるんだと思う。つまり、私が日本語を訳して英語を話しているから通じないんだ。バイリンガルなら別なのだろうけど、ヤグディルの返答も英語→日本語で考えないと理解できなかったりするし。典型的日本人英語しか使えないからなあ。
わたしの返答じゃ納得いかなかったらしい。どうしても空気読み会話に慣れてしまっていて、結論を言うくせがなく理由もはしょりがちだ。確かに、母語じゃないから何だという話になる。
「わたしは英語を普段使わないから、頭で文章を考えてから英語に直して、それで言葉にしてるの。だから、よくわからずに使ってるんだと思う。わたしが頭で考えた言葉じゃないから、ライエにはわからなかったのかもしれないね」
ちょっと考えてから付け加える。
「苦手だから。ライエの言葉にもあるかな。使えなくはないけどよくわかってない言葉」
「ある。古ハイランド語は苦手だ」
「そんな感じ。でも、自分の国で作られた言葉じゃないからもっとわかってないと思う」
バイリンガルなら別なんだけど。
内心思っても口には出さない。何が気になったのかはわからない。単純にわたしの言葉がわからなかったから、ちょっとむっとしたのかもしれない。
いまだライエのことはわからない。わかったのは、王様の威厳はすでに持っているけど、まだ幼いということくらいだ。
「私もユイの言葉を覚えたい」
「え?」
「ユイの言葉がわからないのは、嫌だ」
ええと。
どうしようこれ。
ライエの言葉はわかる二人もびっくりしている気がする。シェロンの眉が少しだけ寄せられ、ヤグディルが首を傾げただけだけど。
「ユイ、貴方は何を陛下と話したんですか?」
「……ライエ。わたし、英語苦手なの。何話したか、悪いんだけどヤグディルに話してくれない?」
さっきの躊躇は何だったのだろうと思うくらい、ライエは平然とわたしの言葉をほぼそのまま復唱した。ああ、シェロンにわたしの知能指数がバレるのは避けたかったのに。案の定、目が厳しくなった気がする。ヤグディルと会話できる以上隠し通せるとは思わないけど、もうひとつ言葉を知っているというのは結構勉強してる立場の人じゃないのだろうか。この国では。
「……ユイ、貴方は貴族ですか?」
「えっ? 違う違う、平民! そんなお金持ちじゃないしすごい先祖も持ってないよ。な、何で?」
何でいきなり貴族? 勉強をしているからだろうか。お金持ちだと思われるのは困る。私の困惑ぶりと復唱されたライエの言葉に、ちょっと考えてから口を開く。
「……この国では、貴族の言葉と平民の言葉は異なります。当然貴族は嗜みとして両方の言葉を使えます」
ってことはあれか。わたしがこの国に馴染むためには二つも新しく言葉を覚えないといけないということか。
「今我々が使っているのは貴族の言葉になりますね。もっとも、私はかなり崩して使ってるのですが。陛下のお言葉は完璧な貴族語になりますよ?」
「……どこまで、わたしの世界のこと知ってるか知らないけど。わたしの世界では、ヤグディルと使った英語がよく使われてるの。世界共通語みたいなやつ。わたしは、落ちこぼれだから自分の国の言葉しか使えなくて、世界共通語はあまり話せない」
嘘は言ってない嘘は。ちょっと後ろめたいが誤魔化されて欲しい。
「世界が違えばそういうところまで違うんですね」
騙されたのかは、わからないけれど。
ヤグディルはそう言ってくれた。
「……ユイ。ユイの言葉、わたしに教えてくれないか?」
完璧通訳に徹してくれていたライエがむっとした口調で言う。
ああ、そういえばその問題があった。英語なんて習って何が楽しいものか。大体、王さまなんだから覚えなきゃいけないことは多いんじゃないのかな。ふと思って口に出してみる。
「ライエは、勉強ちゃんとしてるの? 王さまだから、多いんじゃない?」
とたん仏頂面になるライエ。どうやら当たりみたいだ。勉強がお嫌いらしい。
「政治は、面白い。剣術や魔術も好きだ。でも、歴史と語学は苦手だ」
「でも陛下は既に古語もマスターされてますし、そもそも即位時にこの国の歴史概略を暗唱されてますよ」
訂正。
どうやら万能お坊ちゃまみたいでした。政治が面白いってなんて末恐ろしい13歳。それともこの国では普通なのだろうか。元服が早いから昔の日本人はさっさと大人び出たんですよ、みたいな。
「苦手だ。まだ仮定法はできんし、歴史も概略を暗唱できるだけだ。細かいことは覚えてない」
「いや十分だと思いますすごいよライエ」
思わず口出ししたわたしに対しはにかんだような笑顔で、それからすぐに口元を引き締めて首を振った。どうやら、自分のことはなかなか自慢できないお年頃みたいだ。
「まだまだだ。父上のようにはなれない」
「前陛下が即位されたのはもっと後ですよ。ゆっくり勉強なさってください。お父上だって、すぐに出来るようになったわけじゃないんです。たくさん失敗して、そこから学ばれたんですから」

それから特に聞き出せた話はない。ううん、違う、わたしの疲れに気づいたヤグディルが「この辺りで切りあげましょうか」と話を終わらせてくれたのだ。正直、もっと聞きたい話はあった。ライエの父親のこと、この国のこと、『時を超える者』のこと。ライエに邪魔されて、『時を超える者』のことは詳しく聞けずじまいだった。

それから。
隣の部屋で眠るライエを思う。
完璧な王様。
幼い以外、語学も堪能で政治も好きで、たぶん何でもできる王様。

……ちゃんと覚えてる。

わたしを、ここに連れてきたのはこの子で。
わたしが、この子を救わなければ、帰れないということを。

あの時見た夢を。

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