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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
7:語学勉強には実践が一番
体は疲れ切っているのに、頭は冴えわたっていた。指一本動かせないのに、頭は回転し続ける。

『時を超える者』のこと。この国のこと。魔術のこと。言葉のこと。ライエのこと。
知らなければならないことが多すぎて、パンクしてしまいそうだった。それなのに、言葉は通じない――わたしは、この国の言葉を覚えなければならない。
貴族語と、庶民語。
ライエがわたしを帰す方法を知らなければ、わたしは探しに行かなければならない。見た目だけでもこの国の人と違うというのに、貴族語しか話せないというわけにはいかない。
でもだからって諦めるわけにはいかない。家族も、友達も向こうにいる。ここで歓迎してくれているのはライエと珍しいもの好きのヤグディルくらいだろう。この世界から歓迎されていないわたしは、魔法を操る術すら持たない。
だから、この部屋の鍵が簡単なものだとしてもわたしには開けられない。
王宮から出ても暮らしていけない。
情報が足りなすぎて、不安ばかりが募る。焦っていても仕方がない。気長に待たないと――そう、何年立ってもいい。『絶対に帰る』という決意を持ち続けることが重要なのだから。

それから約3日間は泥のように眠り続けた。実際はもっとかもしれない。与えられた部屋で、時々ご飯だけ食べた。身振り手振りでトレシーが何度かライエが来たことを教えてくれたけど(たぶん)、一度もわたしは起きなかった。むしろ連絡が取れたのはヤグディルのほうで、ご飯と一緒にガルシアさんが手紙を持ってきたときには驚いた。
「え?」
「ル シュァユイ。エ シュリオールファンダレク」
「……わたし?」
ユイと言われた、と思う。何かその前につけてたけど。『さん』みたいな感じだろうか。差し出された紙を受け取らないわたしに、ガルシアさんは表情を変えずに付け加えた。
「ヤグディル」
「あ、ファンダレク、でヤグディル?」
そういえばそんな苗字だったかもしれない。

卿とかなんかつけなきゃいけなかったんだよなあと思ったけどガルシアさんは何も言わなかった。当然かもしれない。珍獣がいきなり「ファンダレク卿からのお手紙感謝いたします」とか言い出したらむしろ驚くだろう。今度は素直に手紙を受け取った。既に封が切られている。これは切ってくれたと解釈すべきか検閲と解釈すべきか――どっちでも変わらない気がしたので気にしないことにした。大体いつ起きてもサイガがいるし。他の仕事はいいんだろうか。わたしをずっと見ているわけではないから、ましだけど。
「あ、英語だ」
わたしに合わせて簡単な英語にしてくれたんだろう、中学生レベルの構文ばかりだった。
『Dear ユイ。お元気ですか? 私は元気です。ずっと寝ていると聞いたので心配です。たぶん、こちらの世界が体に影響を与えているんだと思います。良くなったら調べたいです。調べさせてください! お願いします! From ヤグディル』
最後とかPleaseの連呼でちょっと引いた。予想通りというか、彼はやっぱりマッド気味な魔術師らしい。
続けてもう一枚、ほぼ同じような構成で文章が並んでいる。もしかして、これはこちらの国の言葉だろうか。
「ガルシアさん」
「セー」
呼んで謎の文章を見せる。読めるかと身振りで聞くと、再び「セー」と言って大きく頷いた。
文章の作り方はよくわからないけれど。英語でほぼすべて『私』を主語にしてあって、同じ場所にある言葉が『こちらの国の私』だろうか。それらしい単語を指さして聞いてみる。
「何て読むの?」
日本語で言ったけど、何となくガルシアさんは悟ったらしい。
「スィ」
こちらの国はさしすせそが好きなのか。言いやすいのか。たぶん『私』=「スィ」なんだと思う。
「これ、全部ゆっくり読んでもらっていい?」
こうして、正しいか微妙なヤグディル言語通信講座が始まったのだった。


「陛下、ちゃんと聞いてください」
「………」
「陛下!」
「あ、すまない」
ぼぅっと目の前の講義を聞き流していたライエディルは先生の声に我に帰った。
「陛下。今は重要な歴史の時間です。歴史を学ばなければ、同じ所業を繰り返すことになります。それを防ぐために、歴史を学ぶのです」
歴史の先生はおっとりとした口調だが力強い。目力の強さに、ついライエディルは目を逸らした。
わかっている。
より良い王になるために、少しでも努力をしなければならない。
歴史から、過去の失敗を学ばなければならない。
「悪かった。もう一度はじめからお願いします。……今度はちゃんと聞く」
どうやったら良い王になれるのだろう。
何が、『良い王』なのだろう。
――――何のために。


手紙に四苦八苦し、それから眠る。食べる。読む。眠る。
その繰り返しで、さらに2日が過ぎた。正直、ヤグディルと直接話したい。手紙だけではわからないことが多すぎる。ABCレベルと発音、挨拶くらいなら出来るようになったものの、誰とも話せないというのはストレスがたまる。同じ部屋にいるサイガがすごいと思う。ガルシアさんやトレシーはまだわたしが寝ている時間など、他の人と話をしているようだがサイガはほぼわたしから離れることがない。
『サイガ、おはよう』
『おはようございます』
起きると、挨拶する。それを見てサイガは外に向かって合図する。しばらくしてからご飯が運ばれてくる。……やっぱり会話がない。
『サイガ』
『はい』
『助けて下さい』
『はい?』
わずかに眉間に寄った皺と上がった語尾が彼女の困惑を伝える。Please help meだけ聞いておいて良かった。ヤグディルが「困った時に言う言葉集」を作ってくれたのだ。なんだかんだで気が利く。結局、診察させてあげることができなかったのに。わたしとしては良かったけど。体をいじられたらたまらない。
「練習……ああ、単語わからない」
練習って単語は入ってただろうか。今までの手紙を探すけど見つからない。考えて、『勉強教えます』を指さす。
『助けて下さい』
『私が勉強を教えるのですか?』
あ、なんとなく通じた。いまだに疑問系はよくわからないけど、サイガは『勉強教えます』というハイランド語に似た発音をした。で、最後だけ語尾上げ。
相変わらずヤグディルは英語とハイランド語の対比で、文章を作ってくれるからありがたい。

『はい』
『わかりました。後でレイナード様にはお話ししておきます』
げ、わからなかった。わからなった、でもレイナードって単語はわかった。
……報告される、のかな。それぐらい構わない。勉強する意欲くらい見せておいた方が人間関係も良好になりそうだ。
よくわかってない印に首をかしげてから、首を縦に振った。
『では、まず挨拶から始めます。おはようございます』
『おはようございます』
『違う。おはようございます』
『おはようございます』
『お、はようございます』
『おぅは、ようございます?』

予想外にスパルタでした。

いや、予想は出来たことだ。ご飯が冷めてきて、見かねたトレシーがガルシアさんに注進し、ガルシアさんのとりなしによりわたしはご飯にありつくことが出来た。
体育会人間だ、やっぱこの人は。
どこの所属だか知らないけど、この世界がどういった制度にしているかは知らないけど。
例えば、騎士団でむきむきの兄ちゃんたちと一緒にスパルタで鍛えられた女性って感じがする。少なくとも、女性的ではない。
数こなせばできる!とばかりに挨拶とお礼と謝罪しか勉強できなかった。しかも書けない。ひたすら発音の練習をさせられた。重要だけどさあ、でもすごく日本人的だと思うんだ。発音をいちいち気にしているから日本人は話せなくなる。わたしもその典型だ。だから、いっそここでは違う自分になれたらと思ってた。
何を言ってたかはよくわからない。ただ、想像するなら「謁見の時はもっと深い」「もっと前に力を入れて」「口の開け方が違います」などと言われてた気がする。
うん、重要だ。もしかしたら、トイレ行きたいと少し発音が違うだけかもしれないし。
違うだろうけど。
トイレといえば、中世ヨーロッパ風(あくまでイメージ)とこの国を認識していたのでちょっとびびっていた。中世でないにしても、垂れ流しでにおいを消すために香水をつけてて、中庭はトイレ場になってて、糞尿を窓から捨てる世界。
だったらどうしようかと。
幸いなことに、倒れてからすぐトイレに行きたくなり、トレシーに連れて行ってもらったのは比較的普通のトイレだった。残念ながら水洗トイレではないし、もちろん便座は冷たい。けど、想像よりはずっとましだった。
日本みたいに水が多い国ではないのだろう。王宮でこれだと、実際庶民の生活では少々不衛生かもしれない。
中世ヨーロッパ風とはいえ、科学みたいにして魔法があるのだ。どこで産業革命もどきが起こってるかはわからないけれど「絶対君主制」が残った状態で技術が発展することは難しい……って確か習った気がする。江戸時代に、発展が阻害されたみたいに。民衆が力を持たなくては、技術は向上しない。
でも、魔術を使ったランプはあった。蝋燭や火をつける形式じゃなかった。
トイレもちょっと魔術を使ってるみたいだった。
悲しいことに一部屋ごとについてはいないので、誰もいない時はおまるみたいなので用を足さなきゃいけないようだったけど。絶対誰かいる時に行くように心掛けなければと心を新たにする。
「……面倒くさい」
ようやく勉強が終わったと思ったら、今度はヤグディルとの英語手紙講座。確かに話せないと困るし読めないと困るんだけど、もうちょっとどうにかならないものか。
日本語が誰も通じない。
ライエが心底恋しかった。言葉が唯一通じる相手だ。
「ただなあ、あの子の場合あんまり頼りすぎるとちょっと厄介なことになるそうな気がするんだよねえ」
わたしの独り言も、サイガには通じない。ライエの名前も言わなかったし。こちらにちらりと視線を送るだけで、わたしがサイガに話しかけたのではないとわかるとすぐに余所を向く。
うん、護衛としては有能だ。こちらに不快な思いをさせない程度の監視。
だからこそ、仲良くなりたい。
そのためには、言葉とあとは。
「行動、かな」
サイガと仲良くなるにはどうすればいいだろうと考えながら、彼女の名前を呼んだ。
何としても言葉を覚えないといけないのだから。

そういえば、レイナードと会ってないけど大丈夫かな。
あいつはわたしを疎んじてた。要注意人物だというのに、あちらから姿を見せてくれないとどうしようもない。正直会いたくない相手だけど、死にたくないから相手の動向くらい知っておきたい。向こうは、サイガらを通してわたしの様子を探れるというのに。
ライエがいなければどうしようもないわけで、もしかしたらそのあたりに事情があるのかもしれない。王様を利用するわけにはとかなんとか。とか。

味方を増やす。

それがわたしのすべき一番の最優先事項だった。

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