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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
8:宰相補佐閣下の苦悩
謎の少女が現れてから数日立つ。当初、何の問題もなく意思疎通も可能で、食事も問題なく取れたことからすぐにでも対処できるだろうと思われていた。

ところが、実際はそう簡単には行かなかった。少女が研究所で倒れたからだ。その場にいたのがファンダレク卿だったのも運が悪かった。彼は国家に従事する立場の人間だが、一度と決めたら絶対に国家であろうと追従しようとしない。彼に無理強いをするには、少々彼の立場が面倒だった。
シェロンに聞いても特に何があったわけでもなさそうだというのに、彼は少女が気に入ったらしく何かと手紙を送っている。同じ文面と弁明してはいるものの、少女の世界の(正確には彼女の国ではないようだが)言葉で書かれていては判別も不可能だ。
せめてもの救いは、ライエディルが少女と顔を合わせていないことくらいだった。陛下もそれなりに不満を持ってはいるようだが、彼女が休息を欲していることを察しているのだろう、特に文句を言う気配はない。もしかしたら、彼女の体調の変化を察する術を持っているのかもしれない。イレギュラーとはいえ、召喚したのは他でもないライエディルである。
とはいえ――サイガからの報告だけでは、心もとなかった。そもそも、サイガは言葉が通じない。少女が言葉を学び始めたという報告は受けたものの、言語の習得には時間がかかる。だからといって、ファンダレク卿を近づけるのは論外だった。何を考えているかわからない彼を使うことは難しい。そもそも、ヴァレリアス宰相は、彼女の存在を他の大臣に隠している。ライエディルの全体的な教育担当であるレイナードが、少女の処置も任されているというのが正しい。
言葉が通じないうえ、どこまで理解しているかもわからない。16歳とのことだが、こちらの16歳と彼女の世界の16歳が同じレベルかはわからないのだ。シェロンの報告によれば、ファンダレク卿が興味を示すくらいには知能レベルはあるらしい。
「――どうすべきなんでしょうね」
「もとの世界に帰せないのか? このままにしておくわけにはいかんだろう」
「わかっていますよ。それは重々承知していますとも。しかしね」
シェロンは、少女が現れた当日にライエディルの護衛担当であったがゆえに少女の監視も引き受ける羽目となってしまった。それゆえ少女を目にする機会も自然と多くなる。幼い少女の様子に心を打たれたのか、珍しく同情的な意見を口にした。それに対し、レイナードは渋面を作る。
「陛下が問題です。陛下が『召喚』したのであれば、『還す』ことが可能なのも陛下です。しかしあの御様子ではなぜ御自分が召喚なさったのかわかってない」
「方法すらわかってなかったしな」
ライエディルの前では絶対にしない呆れた口調である。
「――その口調、陛下の前ではしないで下さいね?」
笑顔で念押ししたレイナードに対し幾分ひきつった顔でシェロンが頷くと、元の会話を続け始める。
「私も魔術が専門ではないですから。本来なら、ファンダレク卿にお願いするところですが」
「ヤグディルは無理だろう。客観的かつ熱烈に調べてくれるだろうが、彼女の味方になりかねん」
ヤグディル・ファンダレクと少女の様子を思い出しながら首を振る。先ほども彼の研究室に寄ってきたところだが、何やら真剣な顔で紙を覗いていた。何かと思えば、少女からの手紙らしい。「この綴りの書き方が私とは違うんですよ」と熱烈な弁論を展開されそうになったので慌てて逃げてきた。
「ハニラヤでも使うか?」
「できれば、彼女は頼りたくないんですが……」
レイナードがあえて避けて通っているであろう名前をあげると、予想通り苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「だが魔術に長けていてかつ現在国政の関わっていないのはハニラヤくらいだろう。ヤグディルとどちらがマシかと言われると微妙なところだがな。ハニラヤなら、調べられる。それは確かだ」
それでもレイナードが頷こうとしないのは、ハニラヤ自身に問題があるからだ。さほど人材が豊富とは言えない現状で、有能にも関わらず放置されているのにはそれなりに理由がある。
「返還方法については後で考えます。それより、彼女の存在が他貴族に知られた時の対処が問題です。陛下があれだけ懐いてらっしゃる以上、確実に利用しようとするものが出てくる。他国との均衡も危うい今、余計な火種を抱えるわけにはいきません」
あっさりと棚上げされたが、シェロンとてどうにも動けないのには変わりない。
「こちらのこともよく知らないのが現状だしなあ」
先住民に似た珍しい顔立ちも、余計な目印となってしまう。レイナードの考えていることが手に取るようにわかり、シェロンは釘を刺した。
「殺そうなんて考えるな。それは最後の手段だ。何を起こすかわからん」
暗にライエディルのことを告げられた。レイナードもため息をつくだけで反論はしない。
「そうですね……とりあえず、もう一度接触しましょうか。陛下とあまり会わせたくないんですがそういう訳にもいきませんから」
「既に陛下も我慢の限界のご様子だ。ちょうどいいだろう、お前の監視下にあるほうが」
彼は小さく笑い、眉間に皺を寄せたまま他の案件に取りかかった。


率直に言えば、その接触はすぐには叶わなかった。

「は? もう一度言ってくれませんか?」
「ユイ様は誰ともお会いしたくないとのことです。――それより、外に出たいと。窓が存在するとはいえ開きませんから、自然の空気に触れたいとおっしゃっていました」
サイガからの報告に唖然とする。
少女のことがよくわからない。
16歳だと言っていた。こちらの世界で16歳といえば、行儀見習いのために奉公に出されるか、既に結婚準備に入っているかのどちらかだ。結婚最低年齢は定められていないが、16歳頃から意識し始めるのが一般的である。見習いとはいえ、騎士になることができるのも、魔術を本格的に習うための学校の最低年齢も16だ。
少なくとも、大人予備軍として扱われるのだ。これが平民だと青少年時代という概念すらないが、少女の様子からある程度地位のある家の育ちのように思えた。
重要な情報を手に入れようともせず、自然の空気に触れたいと。
これでは――まるで、幼子のようではないか。
それとも本当に箱入り娘なのか。貴族の娘の中には、そういう少女らがいることは承知している。そういった少女らと同じようには思えなかったのだが。
サイガの表情は変わらないが、幾分口調が柔らかくなる。
「ユイ様がこちらにいらっしゃって6日経ちます。体が休息を欲していらっしゃったのもありますが、ユイ様が何もおっしゃらなかったのは我慢してらしたからです。顔色が優れなかったのでおたずねしたところ、外の空気が吸いたいと、そうおっしゃいました」
「……それは、言葉が通じているという意味ですか?」
たった6日で、サイガは既に少女に心を寄せているように思えた。一体何があったのか――不安になる。職務に忠実だが、特定の人間に固執することはない彼女をここまで惹き寄せた。
サイガの様子に注意しながら、レイナードは彼女の返事を待つ。
「いえ。顔色の変化に気づいたのは、ガルシアです。『悪い』という単語は知っていらしたので、身振りでお聞きしました。幾つかの単語と、あとは身振りですので正しく意見を把握できてはいないと思います。しかし――ガルシアが、外に連れ出した方がいいと申すもので」
有能な侍女であるガルシアを少女につけたのは、確かに少女の様子を探るためではある。
「いかがでしょうか」
言葉にわずかながらも力を込めたことにサイガ自身は気付いているのか。
「――構いません。ただし、人払いをし魔術で防壁を張った後です。誰にも見つかってはなりません。陛下にも、です」
これ以上言わなくてもサイガならわかるだろう。彼女は黙って礼を取った。
退出しようとした彼女に、思い出したように声をかける。
「サイガ。軍属の貴方に頼むのは畑違いとは承知しています。しかし、もうしばらくだけ彼女の護衛を」
サイガの視線とレイナードの視線が絡み合う。彼女は誰にも屈しない。彼女がレイナードに従うのは彼が『国家の代理人』だからである。
目を伏せる。
退出の礼の後、音もたてずに扉が閉まった。
彼女ならわかるだろう。
もうしばらくの意味を。
溜息をひとつついて、誰もいないはずの部屋で大きな独り言を発する。

「――サイガなら大丈夫だとおっしゃってましたが。いくらその場にいたとはいえ口止めは効いたはずです。他に適任者がいたのでは」
『やあ、まさかあそこまで彼女が入れ込むとはねえ。自覚はないようだがたった6日だ。この私にさえ、そんなことはなかったのに』
脳に直接響く声に、やはり覗いていたかと再び溜息をつく。
『こらこら。溜息をあまりつくと幸せが逃げるぞ?』
「申し訳ありません。幸せを捕まえても捕まえても逃がす方がいらっしゃるので。自分から逃がしても変わらないような気がしますが」
『あっはっはっは。違いない』
笑い声と断定に本気で殺意が湧く。ゆっくりと吐き出すように話すことで気を紛らわす。
「で、少女の様子はいかがですか。覗いてらしたんでしょう?」
『まさか。私は少女趣味ではないし、レディに失礼だろう』
あんまりといえばあんまりな理由で声の主に否定され、ついレイナードは声を荒げた。
「たまにはその覗き趣味を役立ててください!」
『一人で大声を出すと何事かと思われるよ』
「……誰が元凶ですか」
『私』
何を言っても通じない相手に内心頭を抱える。黙りこんだ彼に、幾分真面目な口調が頭の中で響いた。
『私としても予想外だ。サイガはもちろん少女を殺せるだろう、王のためならな。何があったのかは知らん。むしろ、何もなかったから、興をそそられたのかもしれんが』
「……貴方じゃあるまいし」
小さく呟かれた言葉は聞こえなかったようだった。
『実は少女を殺そうとしてみたんだ』
唐突といえば唐突な打ち明け話に言葉を失う。
『もちろん、陛下には内緒だ。だから絡め取るような呪をかけることしか、やってみなかったんだが――魔力を体内に帯びていなかった』
「え? いえもちろん魔法のことは知らないようでしたが」
魔力そのものがない人間などこの世界には存在しない。『時を超える者』も多かれ少なかれ所有していた。魔法の存在を知らず、代わりに色々な物事を教えてくれた者もいたようだが、彼らも魔力がない、ということはなかったはずだ。少なくとも、それ程の珍事なら記述されていなければおかしい。
『どういう仕組みかは知らない。魔力もなしに体を動かせること自体がよくわからん。名前を縛ろうにも言葉が違うからだろう、捉えようとした名前自体が曖昧だった』
名前は人を縛るものだ。真の名を力のある者が呼べば、たやすく利用することができるとさえ言われるくらいである。
「それは――召喚とも、関係があるのでしょうか」
『わからん。調べればいいだろう』
「私は別件で手いっぱいなんですよ。お願いできませんか?」
「レイ坊がお願いって上目づかいで言ってくれたらいいよ」
唐突に部屋に響いた声に硬直する。相変わらず声の主は存在しない。代わりに、ペン壷の上に乗った長い栗毛が愛らしい青い目をした人形。子供向けの人形だからか、目が開いたり閉じたりできるらしい。ウィンクをしてきた。
「よ」
「……まともに現れる気は」
「ないね」
ご丁寧に、足を組み直してくれる。ちらりと裾から白いものが見えた。頭が痛い。だが。
「お願いします」
「……なんか違うけど仕方がないなあ」
人形の胴体をむんずと掴み、上にあげた人形に向かって『お願い』をする。いちいち肩をすくめる動作が入り、芸の細かさに逆に感心する。
「じゃあ行ってくるよ」
言葉が響くと同時に。
がくん、と人形から力が抜けた。それでも、まだそこに誰かが戻ってこないか待つように掲げたまま人形を睨みつける。
「お仕事を――いえ何でもありません」
だから、丁度定時に仕事を持ってきた侍女に出て行かれても、仕方がないことだった。

人形愛好者。

『声の主』のせいで、そう呼ばれていることを――幸か不幸か、本人は知らない。


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