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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
9:この食べ物はリンゴですか?
空が青い。
日本ではあり得ない程濃い青にここは異国なのだと――実感させられた。


久し振りに吸った空気は冷たくて気持ちいい。少し肌寒いくらいだ。

例のドレスはすったもんだのあげく、どうにか首のつまった動きやすそうなブラウスとスカートに変更してもらった。時代設定が不明な服装だ。当たり前だけど。トレシーの持ち物らしい。ちょっと胸が足りないけど足りない分には問題ないし。……悲しくなるので考えないことにする。
ここのことを中世ヨーロッパ風だと思っていたけれど、もうちょっと先の時代かもしれない。ちょうど、その間というか。意外と近代的な服だった。わたしはそこまで西洋史に詳しくないからわからないけど。わたしが今着ている服から考えれば、甲冑にマントというよりスーツぽい。ヴィクトリア王朝(想像)みたいな。でも、サイガは騎士っぽいしレイナードもずるずるの服を着ている。ちゃんぽんな感じだ。考えても仕方がないし受験に使わなかったから記憶の彼方である。
残念なことに靴を履いてこちらの世界に来たわけではなかった。最初は壊しそうなヒールのある靴を持ってこられたが、日本人が部屋で靴を履けるものか。どうにか妥協してもらって、部屋ではガルシアさんたちが履いている動きやすそうな靴を提供してもらった。布製の靴で、ちょっとバレーシューズに似てる。無理をすればスリッパだと思えなくもない。足の指が伸ばしたい。
不意に鳥の鳴き声が間近で聞こえて、改めて外に出ているんだと実感した。
「鳥の鳴き声は一緒なんだよなあ……」
この間鳥っぽいものを見たらびっくりした。なんか、鳥っぽくない。うまく言えないけど。爬虫類に羽毛が生えたようなやつもいたし、この世界は理解不能だ。わたしの知らない生き物はどう翻訳されるんだろう?
「サイガ」
『はい』
『わたしは向こうへ行けますか?』
『行けます』
サイガのスパルタのおかげで、かなり言葉がわかるようになった。中学生の時の英語とは比べ物にならない。ちょっとずつ言葉がわかるようになるほど、サイガたちの対応が良くなっていく気がする。
英語(ヤグディルとのやり取りは1日3通もある。暇なんだろうか)とハイランド語だけしか使う機会がないから、頭が溶けそうだけど。

空気がきれいだった。
ずっと部屋にこもって勉強しかしていなかったから、太陽を直接浴びることがこんなに気持ちいいことを忘れていた。日本とは太陽の色が違う。それも空気のせいかもしれない。虹彩の色素の関係で欧米人の目には太陽が黄色く見えるらしいが、あちらでも空気が違うせいかもしれないなあと思う。太陽が3つ、ということはなかったけれど。空気もきれいすぎて、都会の空気で汚れた肺にはむしろ害になるんではないかと思うくらいだった。某蟲の世界的な。ああ、そういえば映画版ではそこまで描かれてなかったよなあとかとりとめのないことを思う。

何もかもが美しい世界。
現代日本では見ることのできない世界。
行った先の池は顔が映るくらい透明で、触れた水はつきんとする程冷たい。魚は泳いでいる様子はないけれど、大きいから見えないだけかもしれない。一応池なのだろうけど、中央に小さな小屋があり、小船が浮かべてある辺りでこれは湖じゃないかと疑っている。
……城内に湖。
やめよう、まだこの世界のことはわからないのだし。ヤグディルかライエに聞けばわかるだろう。

湖(と思うことにした)の畔には小さな屋根のついた休憩所みたいなところがあって、サイガがそこまで連れて行ってくれる。
『どうぞ』
『ありがとうございます』
後からきたトレシーが机の上にティーセットとちょっとしたお菓子を用意してくれた。
『え、食べるんですか?』
『はい。食べられます』
あ、単語が一つ増えた。聞いたことがある単語だ。
『食べないですか? お好きでなければ、他のも用意しますし、あ、もしかしてお腹すいてないですか?』
『……トレシー。わからない』
『ああっすみません』
時々トレシーはわたしが理解できないことを忘れて話す。ちょっと、初心者にはきつい。とりあえず、「食べないですか?」と聞かれたのだけは理解できた。
『食べたいです』
今朝覚えたばかりの単語を使って、飲み物が注がれたカップを手に取ると、トレシーは嬉しそうに砂糖をすすめてくれた。ありがたく砂糖を入れることにする。

……言葉が通じるようになったら、飲み物に砂糖は入れない派であることをちゃんと言おうと。曖昧な笑顔で誤魔化す自分に乾杯。
甘っ。

覚えたての単語を使った会話はちょっとだけ楽しい。そういうときは、あまりサイガも文法のことを強く言わないのだ。
『服、ありがとう』
『サイズが合って良かったです。今度別のも持ってきますね! ユイ様に似合いそうな色のも持ってるんです』
『トレシーは言いました。嬉しい、大きさが同じ。彼女は新しいを持ちます。明日』
サイガの通訳は必須だ。トレシーとだけだと雰囲気でわかっても、それ以上はわからない。そのうちわかるようになるにしても、早い方がいいし。
喋っている間、ガルシアさんは果物を切り分けてくれている。最初は誰一人として目の前に座ってくれないものだから困った。一人で食べても味気ないし、何より近くに立っている人がいるのは落ち着かない。貴族ではあるんだろうなあ。とはいえ現代日本人にとっては居心地が悪いのだ。あまりに困った顔をしてたのか、そのうち座ってくれるようになったけど。ここは外だからだろう、普段は浅く腰かけることを了承してくれたサイガも立ったままだ。
必然的に、座るのはトレシーと私の二人になる。最初はトレシーも顔が引きつっていたけど、慣れたらしく最近は自分の分は自分で用意しながら一緒に御飯を食べてくれる。
何でガルシアさんが用意してて、トレシーがお話担当なのかわからないけど、もしかしたらトレシーは『そのために』わたしの世話係になったのかもしれない。どんな風に聞いたらいいかわからないこともあって、そういった細かい疑問は放置したままだ。
とにかく、今はこの3人と仲良くなることが先決。

『ありがとう』
お礼を言ってからコメントを足そうとして、
「楽でいい……えっと」
楽とか気楽とか便利とか。ああ、単語が足りない。後でcomfortable(訳:快適な)の意味を手紙で聞こう。
『好き?』
ぱあっとトレシーの顔が明るくなった。わかりやすい。
『どうぞ。リンゴの一種で、おいしいですよ』
この世界における『リンゴ』は皮が黄色い。赤もあるらしいけど、わたしは見たことがない。ただ、味は酸っぱいリンゴ――と、ちょっと蜂蜜みたいなとろっとした味わいが口の中に残るから、たぶん翻訳すらならリンゴなんだろう。形もそれっぽい。
今回のは少し小さめの姫リンゴ。リンゴ飴食べたい。
『甘い。おいしい……』
口の中でやわらかくとける。さくっとした感覚ととろっとした舌ざわりがたまらない。
日本人の感覚より、オーバーに感情を表さないとわかりにくいらしいんだけど、数日過ごしてわたしの表情の読み方がわかってきたらしかった。呟くようなわたしの反応にも、目もとを和ませる。
『お口に合うようでしたら、またお持ちしましょうか? 後で、食べますか?』
言い直してくれた。
うん、これは食後にも食べたい味だ。正直、ここの食事は煮込んでるか焼いてるか……個人的に、物足りないことが多すぎる。もちろん、それは病人食だったのも理由なんだろうけど。おそらくスパイスも高価なんだろう。塩で戦争も起こるというし。ご飯って大事。脂っぽいよりはずっといいので文句を言う気はない。
しかし一番おいしいのは生のままだ。果物なんて最高。
ようやく生のまま食べるのもOKが出たんだろう。良かった。
そろそろ、検診とかあるかもしれないな。ヤグディルがやりたそうだ。女の人がいいと言っておかなければ。職業差別がありそうな世界だなとは思うけど(ふぁんたじぃな世界だし)さすがに女医さんはいるだろう。なんたって、サイガは女騎士だ。たぶん。
「食べます」
穏やかな時間のせいで忘れそうになる。一生懸命、トレシーが単語と絵を書いてくれて。時々、ガルシアさんが直したり飲み物を入れてくれたり。サイガが一応注意に気をつけてはいるけど、雰囲気はさほど尖っていなくて。
ここは、異世界で。
わたしは異物なのだと――わたしは受け入れられているわけではないのだと、錯覚しそうになる。
トレシーの書いた動物を見て意識を戻す。
『これは何?』
答えてくれたけど、わからない。一度翻訳してもらうか、ヤグディルに聞かなければ。いちいちこの国の言葉で覚えていられないから、特徴だけは日本語で覚えておきたい。
『見たいですか?』
したい、にあたる言葉はよく使う。だから即答する。
『見たい!!』
こちらの動物は、やっぱり地球とは違う。鳥の羽が4枚あった時には驚いた。基本は2枚らしいけど4枚羽も普通にいるらしい。
――打算的なことを言えば、無邪気に動物に触れ合いたがる少女は、警戒されにくいからってのもある。
にっこり笑って、嬉しそうにお礼を言ってみせるとトレシーも花が咲いたように笑う。……いちいち罪悪感を感じててもきりがない。
それに、見たいのは本当だ。
『サイガ、厩舎行けますか?』
『レイナード様に確認してみないとわかりません』
単語は不明だけど、レイナードに聞かなきゃいけないことだけはわかった。くっそレイ坊め。いっそ会いに来い。
わたしも動きようがないじゃないか。
こうやって、外に出るってアクションまで起こしてるのに見に来ないって何、どうでもいいの? どうでもいいならそれにこしたことはないけど。
一度『正式に』会う機会はあったが、そういうのの前に観察しに来い。相手の情報が少なすぎて動きが取りにくい。向こうはきっと魔法でも使って観察してるんだろうなあ。色々と不利だよなあ、この情報戦。
落ち着けわたし。
「動物も見たいけど、このまま休んでてもいいし、とにかく外にいたいよね」
声に出してみる。
意味はわからなくても、わたしが話したとたんにサイガが考える顔になるのがすごい。推測しようとしてるんだろうか。だとしたら、日本語が話せるようになっても……ちょっと、まずいかなあ。
『ここにいたい、いいですか?』
正確には外なんだけど。
サイガは一瞬何とも言えない顔をして――小さく口許に笑みを浮かべた。
『いいですよ』
トレシーがまた何か言ったけど、わたしにはわからない。眉間にしわを寄せて文句を言っているようだったが、静かな声でガルシアさんが諌めた。言葉がわからないってじれったい。そんなの、いつものことで、これからだって続くことだ。英語が恋しいと思えるようになるなんて、授業の時は考えもしなかった。
せめて、話せないまでも理解出来たら。そうしたら――少しは、仲良くなれるんだろうか。
『サイガ、もう一個食べる、いいですか?』
『はい。こちらも用意しましょうか?』
…………ん?
『ヨウイスル?』
果物を手に取って、ナイフで皮を――ああ、剥くか。
『お願いします』
トレシーが黙ってしまったのは気になるが、考えていても仕方がない。何にも知らない顔をして、自分で剥いたみかん(みたいなの。中身はグレープフルーツ色)を差し出す。
『用意する。食べる』
一瞬トレシーが固まった。……まずいことしたのか。残念ながら礼儀作法とかは教わっていない。直箸レベルであって欲しい、欧米のスパゲッティずるずるレベルは嫌だ。
『トレシー』
固まったトレシーを促したのはガルシアさんで、何か反論しかけたトレシーの口を目で抑え込む。言いたいことがあるなら言ってほしいんだけど、理解できないからなあ。
『いや?』
嫌なら、引っ込めるという意思表示をすると、トレシーはわたしの手を取って首を大きく振った。三つ編みが顔に当たりそうで怖いです。
『嫌ではありません。ありがとうございます』
……良かったのか、どうなのか。
ただ、受け取ってくれたことは確かだ。不作法だとしても、問題ないレベルだと信じたい。
『良かった』
だから、口に入れてくれたのを見たらほっとしてしまった。嫌そうな顔もしてなかった。トレシーの表情はわかりやすいから、わたしは安心する。
自然とわたしの表情も緩んでしまう。サイガが剥いてくれた食べ物を口の中に放り込む。
『違う。美味しい』
『違うものです。好きですか?』
『好きです。美味しい』
この雰囲気が好きだ。少しずつ、わたしを受け入れてくれている気がする。顔立ちが西洋風でよかった。失礼な言い方だけど、アフリカ系や中東系の人だとちょっと怖い。髭もじゃターバン(失礼すぎる)はどうしても危険地帯なイメージなんだ。西洋風なら、英語の先生で少しは見覚えがある。
ふと目を横に走らせると、湖に波が立っていた。立ち上がって、湖の淵まで歩く。風が強くなってきたみたいだ。その場にしゃがみ、湖のさざ波に触れる――冷たくて、きんとする。
サイガの気配を背後に感じる。危なくないように、監視するように。
「きれい……」
湖に反射する光がきらきら輝く。時折揺れるのは、魚がいるのか。こっちの人は生魚食べるのかなあ。
この世界は美しい。たまに来る分にはとても良い憩いの地だろう。
だが――残念なことに、わたしが本来いる場所はここではないのだ。パソコンやテレビ、ラジオすらない。もしかしたら、魔法で似たようなものがあるかもしれないが、わたしには使えないのだ。
『ねえ、サイガ』
後に、わたしはこの発言を後悔することになる。
『ライエかヤグディルに会いたいです』

えーっと、やっぱまずかったかな。
そこで黙られたら困るんですが。



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