FC2ブログ
小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
第一章-5「方向音痴」
リューイの言っていた通り、小屋からの抜け道はある。すでにサイラギは確認していた。
だが、今回はその道を使うつもりはなかった。小道に誰も気づいていないとは言い難い。だとすれば、この道を使うのは別の機会にした方が良い。もともと悪いことをする予定ではない。

アッデライド家の侍女を迎えに行くのだ。人手が足りないことは王宮側からも見てとれる。追加メンバーが加わるとなれば、特に問題はない。後でメンバーを追加することは事前に伝えてあるし、予定より到着が早まっただけである。メンバーに変更もないはずで、中央府側にも異存はないはずだ。
まさか、姫自らが迎えに行くとは思わないだろうが。
堂々と門番をしている騎士に挨拶をして、
「あの、すみません」
「何でしょうか」
騎士は非常に丁寧で礼儀正しい。サイラギが簡素な服を着ていても姫としての格好をしている時と同じ対応をしてくれる。どうやら、この門番も単なる軍人ではないらしい。やはり全て上級騎士が執り行っているのか。
「あちらのもの、お借りしても良いですか? 帰りにお返ししますので」
一瞬眉をひそめたものの、すぐに笑顔を取り戻して貸してくれた。ありがたい。
――サイラギは街に出た。

街は活気に満ちていた。
数回父に連れられて来たことがあるとはいえ、ここ数年王都を訪れる機会などなかった。アッデライド地方は寒い。建物の構造からして異なる。少し視線が高くなり、前よりもよく観察できるようになったためか妙に街の光景が目に付いた。前に来た時は、食べ物や人の多さに目がいった。
王都の建物は基本的に5階建てか4階建てである。2階以上は居住スペースで、1階が馬車を置くスペースと軽い食堂が設けられているところが多い。防犯の意味も兼ねて建物と建物はくっついている所がほとんどだ。
王都は、人が多くなった。
だからだろう。元々古い町並みだったのに、ところどころで建設が進んでいる。そのために道の拡張工事も行っているらしい。軍の仕事があるのはいいことだが(公共物の工事は軍部の管轄である)、王都にばかり人が集まるとサイラギとしても困る。
出稼ぎに行ったまま青年が帰ってこない、という現象がサイラギの領地でも問題化していた。
(ま、どうせ居住の自由がないから帰ってくる派目になるんだけど)
問題は、そういった人々が王都の生活を持ちこみ羨み恨み、自暴自棄になることである。ぜひとも王に拝謁した際には、そういった問題提起を行いたいものだ。
王妃候補としては色々と問題のあることを考えながら、指定された宿を探す。方向音痴であることは100も承知だ。そのために、紙をケチらずメモまでしてきたのだ。
「……あれ?」
これ、上ってどっち?
アッデライド地方で使われている地図は、城のある方向が上である。方角はさほど重視されていない。だが、衛兵にもらった地図は、中心部に城らしきものが描かれている。
……………
「参った。地図の読み方、聞いてくればよかった」

立ち止まる。
王都の人間はせかせかと動き回り、急に立ち止まったサイラギにぶつかってくる。舌打ちをしたりあからさまに睨んでくる者もいた。
「ううん。やっぱりなんか合わないなあ」
肌が合わない。田舎育ちだ、流れが速いのは肌に合わないのだろう。なんであんなに速く歩く必要があるのだろう、などと思ってしまう。聞こうにもなかなか目に付く人がいない。
仕方がない、適当な店で聞こう。
この辺りは居住地域なのだろう、あまり店がない。ということは、宿屋もない。
1つ路地を入り、サイラギは再び歩き始めた。


入った道は、別名「迷路界隈」。
――無自覚にそこを選ぶ才能を、むしろ感嘆した方がいいくらいである。


迷路界隈にある飲み屋では珍しいお客が尋ねていた。
「お前さん、昼間っからお酒なんぞかっくらってていいのかい? 一応騎士様なんだろう?」
店主がたしなめるもその男はにやりと笑ってわざとらしく目の前のおかれた杯を煽る。
「構わん、俺は暇だ。仕事あったんだがな、邪魔だとさ。追い出されたよ」
「それで今をときめく騎士だというんだから、世も末だねえ」
「本当にな。俺も思うよ」
「思うんだったら仕事しな」
男は肩をすくめるだけで答えようとはしない。いつものことだと知っている店主も、何も言わずにつまみを差し出す。
「お、今年のオリーブは当たりだな。どこから仕入れたんだ?」
「リガータタだよ」
「もうルート確保したのか。速いな」

「すみません」
不意に女性の声が響いた。
昼間からこの飲み屋を訪れる客は珍しい。女性なんてさらに珍しい。男以外にも数人の客がおり、全員の注目を集めたが彼女は全く意にせず真っ直ぐに店主に近づく。
「ここ、どこですか?」
沈黙が、おりた。

「――どこ、といわれてもねえ。お嬢さん迷子かい?」
見るからに貴族であるサイラギはこの酒場にとって場違いだ。彼女の周囲だけ空気が変わる。だが、普通は気後れするその場所でも一向に気にすることなく返事を返した店主の近くの椅子に座る。
住所を書いた紙を示す。
「はい。ここに行きたいんですよ」
「どれどれ。ああ、ここは真逆だね」
「真逆……」
ある程度ちゃんと道を確認したはずだったのに。見るからに落ち込んで立ち上がろうとしたサイラギを店主は制す。
「待ちな。迷路界隈って言われてるから一度入るとなかなか抜け出せないよ。ほら、お前さん騎士なんだから送って行きな」
サイラギは初めてその場にいた男を見た。
「あ、ファガル様。予想外のところで会いますね」
この間図書館であった男であった。彼はちょっとばつが悪そうな顔をして、グラスに口付けながらひらりと手をふった。
「よう」
「サボりですか?」
「直球で聞くなお前」
「では、仮病中ですか」
淡々と聞いてのけ、店主は噴出した。
「――貴女こそ、どうしてこんなところにいるんです? 一応そんなナリでも候補者のはずでは」
意趣返しのように、口調を変えてファガルは問うた。
「おや。ご存じだったんですね」
「一応、仕事だからな。まさか、本物とは思わなかったが」
嘘をついていた覚えはない。胸を張って言える。
「あいにく、貧乏なんで人手がないんです」
「おや、お嬢さんはいいとこの貴族さんかい? こんなところで油売っていてどうするよ」
「だから、迷ったんですよ。都市って嫌ですね。道が細かくて」
ファガルも『候補者』だと言いはしてもそれが『王妃候補』であると言う気はないらしい。こんなところで対応を変えられても困るので、サイラギとしてもありがたい。店主も敬語にする気はないようだ。
「王都は初めて? だったら迷いやすくても仕方がないね。特にこの辺りは道が入り組んでいるから」
「普段のみま、いえ家の周辺は動物や木のほうが人や家より多いくらいで、見慣れないんですよね。覚え方も違いますし」
これが森の中なら迷わない自信がある。森で迷うなんて自殺行為だ。そのために小さいころから徹底的に迷わないように道は叩きこまれてあるし、万が一日が暮れるまでに帰りつかなかったとしても1日や2日、森の中で凌げる自信もある。
「でも色々な物があって刺激的で、面白いのはやっぱり王都ですね。住むにはちょっと、ですけどまた遊びになら来たいです」
「おいおい、候補者だろうが」
ファガルがまぜっかえすがサイラギは肩をすくめてふっと哀愁を帯びたため息をもらす。
「一応ね。まあ、呼ばれたから来ただけで。道中は安くすんだし住居費はタダだからいいんですが、早めに終わらせて欲しいところです。今本当に人手不足なんですよ」
ファガルが騎士であるとわかった上で愚痴るサイラギに苦笑で返す。
「これでも、収穫期やら田植え期は外したんだがな」
「でしょうね。だったら、本当に来れないところでしたよ。でも、ということは、です。出稼ぎで人はいないし国境警備はしなきゃいけないし商売に王都にも来なきゃいけないんです。――ちなみに、私の仕事は経理ですね。王都から派遣された会計士だけでは到底間に合わないので、一家総出で売買ですよ。従姉妹は王都で仲介者を挟まなくても物を売れるように、最近は勉強中ですし」
王都や外国と取引するためには国家資格が必要である。国家から認定を受けて、初めて認められるのだ。仲介業者がいなければもっと高値で売れるはずだとがんばっている、と付け加えた。
「お貴族様も世知辛いねえ」
「世知辛いですよ」
一家総出で商売をしているとあっては、まさか領主一家だと思うまい。知っているファガルは呆れた顔をしているがサイラギの知ったことではない。
「貴族だろうに」
「メンツでご飯は食べられません」
もちろん、貴族としての誇りは大事である。ただし、それは領民の生活が保障された状況であって、「ご飯がなくても見た目を大事に、誇りを胸に」するのは貴族だけでなければならないのだ。
そんなことをよく知らない騎士に言う気はないが。
「えらいねえ、地方の貴族様はそんな感じなのかい。王都にいるお貴族様とは大違いだ」
「俺も貴族だぞ?」
「あんたは型破りだよ。王都の騎士は比較的評判いいけど、もともと貴族じゃない方が団長でもあるしね。もっとも、先代王やら今の王のおかげでだいぶましになったんだよ、これでも」
昔は酷かった、と愚痴りだす。ファガルとサイラギは顔を見合わせて――諦めたような笑いを交わした。

「で、お嬢さん迷ったんだっけ?」
愚痴が30分ほど続いた後、店主は改めて尋ねた。
「ああ、はい。そうでした」
「いいのかそれで」
「大丈夫です、時間にルーズなのはこの時代の特徴なんです」
「俺アトラスの気持ちがわかった気がするぞ」
「冗談はともかく、迎えに行ったらいいだけですから。向こうも今日迎えに来れるとは思ってないですよきっと」
「ツッコミなしか」
「それじゃ、失礼しますね」
にっこりと笑い、付け足す。
「スルーという技術を身につけると、アトラスも喜びますよ?」
「ああ、なるほど。そういうことか」


「はっくしょいっ」アトラス。(へたれ苦労性)
「アトラス汚いわよ」ハンナ。(毒舌女騎士)
「誰かが噂してるんだよ、きっと。いい噂だといいねえ」サリエル。(空気の読めない癒し系)
「……何か、嫌な予感がする」再び、アトラス。(へたれ苦労性)
「ところで、なんか()があるんだけど何だこれ」ケリス。(存在空気)「酷い」
わかりにくいキャラ共のお喋りが終わったところで、再び場面を主人公に移しませう。


途中に入った雑音を無視してサイラギは立ち上がる。と、唐突に店主がファガルのグラスを取り上げた。
「ファガル、お前さん送って行ってあげなよ。この調子じゃ、このお嬢さんまた迷うよ?」
「まだ飲み終わってないんだが」
「それでも騎士様かい?」
有無を言わさぬ店主の勢いに押され、ファガルはサイラギとともに店を追い出された。

「すみません、なんか私のせいで」
「構わん。どうせしばらくしたら戻らなければならないしな」
「いえ、そちらもなんですが。私のせいで、目をつけられた上、わざわざ別行動して下さろうとしてたのに。すみません、方向音痴なもので」
ファガルはぴたりと足をとめた。申し訳なさそうな顔をしたサイラギをじっと見つめる。
「何でしょう」
「――気づいているのか」
「え? ああ」
何を言っているのか、と一瞬眉をひそめた彼女はすぐに得心して頷く。
「ええ。わからない方が、難しいと思いますよ」
後付けるの、下手ですねと付け加えた。さらに彼女は謎の質問を投げかける。
「ファガル様は、守りながら戦うのはお得意ですか?」
「いや、どちらかといえば突進する方だな」
どこか自慢げだ。それは自慢げに言う言葉ではない、とアトラスら側近に怒られるだろうが現在この場にはサイラギしかいない。
「そうですか。では、私はどうしたら良いでしょう」
唐突と言えば唐突な問い、しかしファガルには何を聞きたいかわかっている。
「これくらいなら大したことない。邪魔にならない程度に下がっててくれ」
「わかりました」
小さく頷いて一歩下がる――正確には、通って来た道を振りかえってから一歩下がった。そのままファガルの後ろに隠れる形となる。

「出てこい。つけてきたのはわかっている」

前へ               「花戦」目次               次へ

スポンサーサイト



この記事へのコメント
管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
http://potsprite.blog83.fc2.com/tb.php/66-de59f7ca
文字を大きく・小さく

    FC2カウンター

    最新記事
    カテゴリ
    月別アーカイブ
    プロフィール

    土鍋妖怪

    Author:土鍋妖怪
    生息地:土鍋。
    体長:16cm。
    特徴:本の虫。

    リンク
    拍手
    最新コメント
    最新トラックバック

    メールフォーム

    何かありましたらお気軽にどうぞ。

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    RSSリンクの表示
    ブロとも申請フォーム
    QRコード

    QRコード