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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
13:味覚異常前線上昇中
「これは、何ですか?」
わたしから表情が抜け落ちたのがわかる。笑顔が保てない。
これは、わたしのミスだ。
目の前の人間を――どうすれば納得させることができるかわからない。
わたしは。

ライエにはどの程度仕事が与えられているのだろうか。
どの程度王制が敷かれているのかがよくわからない。王の代わりに摂政でもいるのかとも思ったが、どうやら国を取り仕切っているのは宰相であるヴァレリアスのようだった。
自分の知識を元に判断できないから難しい。しかも、わたし自身の理解度は伏せて質問しなければならない。情報が集まらない以上、極力無害でいたいのだ。
最近になってサイガの一日中の監視がなくなった。どうやら勝手をするタイプでないと判断されたらしい。結構なことだ。わたしだって、そういう行為はいざというときにとっておくだのだ。その代り、部屋の前に常に兵士がついている。入れ替わり程度を見るに、4人が基本的に入れ替わりで当番をして他はサイガがわたしの部屋で監視しているようだった。その人たちにはわたしのことが知られてもいいみたい。時々顔を合わせる。挨拶しても無視されるんだけどさ。
おそらく、一人でいたって監視はされているのだろう。魔術式監視カメラだってきっと存在する。水晶玉みたいなやつかもしれないけど。
その代り、ライエからもらった魔力をわたしに纏わりつかせる謎の装置は取り上げられた。外に出ないようにということだろう。自分でランプをつけたりできなくなったわけだが、一人の時間が増えたことを考えれば許容範囲だ。サイガやトレシーがいる時はつけさせてくれるわけだし、大して文句を言うことでもない。
ライエによる講義は、あいかわらず続いている。神話や歴史はほぼ終了し、現在は現状について教えてもらっている。
あとは文化について。
驚いたことに、国が違っていても言葉に変化はないらしい。ディアル語だ。ただし、貴族の話す言葉と庶民の話す言葉は異なっていて、庶民は少しずつ違う言葉を話すのだとか。イメージとしては方言に近い。
庶民の言葉も別に覚えなければ市井では生きていけないと思うと憂鬱だ。少しばかり読み書きはできるようになったが、メインはやはり会話と発音。巻き舌ができない時点で結構致命的だった。
『時を超える者』については、ライエは言葉を濁すばかりであまり教えてくれない。わたしもわざわざライエの機嫌を損ねてまで知ろうとは思わない。そのうちわかればいいのだ。そのうちヤグディルと直接会えるだろう。あのお茶会以来会ってないが、通信講座は相変わらずだ。英語だけでなくディアル語での読み書きも混じりだして、わたしの識字率向上に大いに役に立っている。

だから、予想はしていた。

それでも、予想はしていなかった――致命的なまでの、わたしのミス。

ライエさえ連れて来ずに、レイナードはわたしの部屋を訪れたのだった。
彼が訪れることは予想の範囲内で、とびきりの作り笑顔で彼を迎えた。最近作り笑顔も格段に上達したからね、今度こそ引きつらないで済むはず。
ガルシアがお茶の準備を整え、トレシーがお菓子を用意しれくれる。
ガルシアの手で紅茶が入れられ、ミルクを添えられた。ミルクティーは飲まないがストレートに砂糖は入れる。ただし、市井に混じった場合に砂糖をどれだけ食べれるかわからないから元の世界にいたときほどには入れない。それでも、他の食事が簡素なためか一層味が引き立つ。
そして、わたしが口をつけた瞬間。
「これは、何ですか?」

冒頭に戻る。
「な、何ですかって…………」
サイガはわたしの後ろに控え、ただレイナードとわたしの会話を黙って聞いていた。
助けてくれてもいいじゃないか。明らかに目が笑っていない。何歳だか知らないが、そんなにわかりやすくて宰相補佐なんてできるんだろうか。というか、明らかに臨時職ぽい名前、もしくは特別に誂えられた名前ぽすぎて、絶対に実際の職業は違うと思う。
彼の手に握られていたのはシャーペンだった。
ああああわたしの馬鹿! そういえばカバン持ってきてたんだった。すっかり忘れてたというよりあの状況下で覚えてられるかああ!!!
ライエの部屋に置きっぱなしで、あれから何日たったかわからないけども。手元にある『元の世界』の痕跡は時刻の狂った腕時計と洋服だけだ。それも、パンツルックは基本的には女性のものではないらしくて、すっかり着なくなってしまった。
「………書くために使います」
思い出せ。頭を冷やして考えろ。
あの日の授業はなんだった? わたしは常に何を持ち歩いていた?
筆箱、ケータイ、財布と定期入れ。授業は3つでノートも3つ。予備のルーズリーフ。ペットボトル。電子辞書。お菓子は入れてない。あ、折りたたみ傘。ティッシュ。

ヤバい。文明レベルがもろバレだ。
「これは、何ですか?」
再び取り出したのはルーズリーフ。ああ、どうやら未知の物であるケータイと電子辞書には手を触れてないらしい。これだけきれいな紙なんてこっちにはないだろうから、それだけでも違うだろうけど。ティッシュなんて日本の文明の結晶だよ。無駄に性能がいいよ。外国製はかぴかぴだよ。防災用のリュックの中身を一新するため、5年くらい前のティッシュを使ってみたら見事に鼻が痛くなった。
技術革新って素晴らしい。

それがアダとなるケースなんて考えもしなかった。
「紙、です」
主導権の握り方がわからない。何を企んでるかもわからない。わたしにできるのは、情報を最低限にすることのみだ。

違う。

不意に思う。目の前の男は、今までわたしが相手にしてきた人たちとは違う。この世界の人たちは根本的に生き方が違う。それこそ、この『宰相補佐』殿は政治の世界で生きてきたのだ。
「――わたしの世界の、紙です。便利です。魔術式みたいなわたしの文化を使って、たくさん作るから庶民でも持てます」
首をかしげて、今までの無表情を取っ払う。重要なのは、演技だ。今までのものを全て無駄にしてはならない。わたしは『害のない子』でいなければならないのだ。たとえすごいものを使っていても、その利用法や作り方を知らなければ『ものすごい文明で生きてきたけれど使えない子』になる。
情報は最低限に。
でも、だからこそ出さなければならない時には躊躇しないこと。
きょとんとした風を装ってへらりと笑う。
「どうしましたか?」
主導権を握らせても、決してわたしを握らせるな。
「――遅れてすみません。さすがに、陛下に害があるかもしれないものを放置するわけにはいかなかったもので。お返ししますよ」
「わあ、本当ですか? 良かったあ。使わないです、でも自分のものだから嬉しいです」
レイナードは張り詰めた空気を緩めてカバンを机の上に置いた。
油断してはならない。でも、カバンの取っ手を持った瞬間、馴染んだその感触に涙腺が緩む。
「う――」
泣いてはだめだ。泣きはしない。一瞬半泣きになったがそれだけだ。あまりにまわりにあるものが、今までの自分とかけ離れていて。
郷愁を誘われた。
それだけだ。
「レイナード様っ? 何ユイ様を泣かせてるんですか!」
お菓子を持ってきたトレシーの声が聞こえた。顔を伏せたわたしの肩に手が触れる。
「な、泣いてない、だから大丈夫です」
「持ち物を返しただけですよ。遅くなってしまいましたが」
カバンを抱きしめる。ケータイの感触がした。どうせ、繋がらない。繋がらないなら、いっそ切ってしまっているほうがいい。いつかの時のためにとっておく。
そう、ペットボトルのようなプラスチック製品や電化製品はどう思ったのだろうか。抱きしめた感触から、ペットボトルのものはなかった。
「あれ?」
カバンを覗きこむ。電子辞書はあった。電池がなくなるから使えないが、それこそ電気を流す魔術とかないだろうか。
ペットボトルは、ない。
「あの、レイナード様」
「なんでしょう?」
罠かもしれない。でも、無視するわけにはいかない。自分の持ち物がなくなって反応しない人間などいない。
「ペットボトルが、ないです」
「ぺっとぼとる?」
なんて説明したらいいんだろうか。
「大きさはこれくらいで、こんな形で」
途中からは日本語とジェスチャーである。理解してくれたらしく、頷いて形ばかりは申し訳なさそうな表情になる。
「何かわからなかったもので、ファンダレク卿が調査しています。きっと、すぐに返してくれますよ。重要なものでしたか?」
お願いだから、もっと簡易表現してください。一部わからなかった。首をかしげて黙ると、今度はもっとわかりやすい言葉で言い直してくれる。
「大切ではありません。大丈夫です。また、ヤグディルに聞きます」
ここでいうファンダレク卿はヤグディルのことだろう。なんで、レイナードはヤグディルのことを苗字で呼ぶのだろうか。疑問は頭をかすめた。
苗字と名前の関係は少し難しい。少なくとも彼はファンダレク地方の領主の家系だから、ファンダレク卿と呼ばれる。
ちなみに日本でいうような苗字はなくて、だから名乗りは『ファンダレク地方のヤグディル』ということになる。
あくまで苗字は地方の名前なのだ。あるいは、自らの血統を証明するために苗字をつける。父系社会だから、極例外を除いて名乗るのは父親の姓だ。
そんなんだから、苗字で呼ばれることは少ない。たぶん。公的な場は知らないが、私的な場で例えば「白川さん」などと呼ばれることはないのだ。学校でもない。ライエの説明でも飲み込むのが難しかったが、外交の場であったり表彰される場であるときに使われるのが苗字らしかった。
だから、レイナードとわたしが呼んでも問題ないらしい。
いや、たぶん違うけど、ライエがそう言ったから否定されるまで、わたしは皆のことを下の名前で呼び捨てにするつもりだ。
話はそれたが、何が気になるかといえばレイナードがヤグディルのことを苗字で呼ぶことだ。ごく私的な場で、彼はファンダレク卿と呼ぶ。そういえば、茶会の時も訂正していた。ヤグディルのように覚えていないとまでは言わなくても、そうそう使わないはずなのに。

この疑問は頭に留めておく程度にしておこう。そのうち必要になるかもしれないし、ならないかもしれない。今必要なのはヤグディルとレイナードの距離感、そしてペットボトルの解析をしているのがヤグディルであるという情報だ。
「では、壊したり頂いてもよろしいのですか?」
「うーん、それは嫌です。大切なものではない、でもわたしの世界のもの。だから、大切。わたしの世界では大切でない、でも今、わたしは大切」
通じただろうか。
どう解釈してくれても構わない。
レイナードの腹黒さなど知らないのだ。だったら、適度に意味ありげなことを言って誤魔化してやる。言葉が拙いから仕方がないという言い訳だってたつ。
実際、上手く言えてないし。
「わかりました。ファンダレク卿にはそう言っておきます」
にこやかなレイナードが不気味だ。紅茶に口をつけると、少しぬるくなってしまっていた。
「それでは、失礼しますね」
「え、あの。何か用だったんですか?」
何が用だったんだよわからんこのやろーという意味である。それだけのためにわざわざ来るとは思えない。サイガに渡しさえすればいい。最も、自らわたしの反応をチェックしたかったのかもしれないが。
「用? いえ、それだけですよ。陛下と仲良くやってらっしゃるようでなによりですから」
そのあたりに上機嫌の理由があるのかもしれない。
よくよく考えれば、レイナードの追及がこの程度で終わるわけがない。それなのにこの程度で終わったということは、何かしら理由があるはずだ。それが、ライエ絡みだと言うなら納得がいく。ライエに良い影響を与えているならば、わたしに関する誤差など許容範囲、といったところか。
「そのうち、陛下が貴方を他の方々にもお披露目するでしょう。それまでに頑張って言葉を覚えてください」
「え、ちょ……」
「ああ、もうこんな時間です。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。失礼します」
ちょっと待て。立ち上がりかけたレイナードの服の裾をひっつかむ。わざとじゃないだろうな。忙しいのだろうが、出されたお茶すら飲まないなんて。
『オヒロメ』って………そんな単語知らないんですが。
「お、オヒロメ?」
「ああ、知りませんか?」
「はい、知りません」
No, I don’t.
英語と同じだ。日本語で「同意」の意味であっても、「知ることを否定するのか?」と聞かれたら「知ることを否定します」と答えなければならない。最初は慣れなかったけどね。
「この国の人々に貴方を紹介します。正しくは、政治に関わる貴族のみですが」
貴族。
ああ、ライエが口を濁してたやつね。そういえばわたしも地位が高いと勘違いされたりしたし、そりゃあ貴族もいるだろう。政治にかかわる貴族がいるってことは、政治にかかわらない貴族もいるってことだ。気になる。
ライエに聞こう。今は自制しなければ。がんばれわたし。
「ど、どうやって……わたしは、『時を超える者』で知られることはだめって」
目線が厳しくなった気がしたので慌てて付け加えた。
「最初の日に、ヤグディルは言いました」
「ヤグディルですかまた。いいですけどね、それくらい。『時を超える者』と知られては外交に差し支えがありますが、『異世界の者』が陛下によって召喚されたなら構わないのですよ」
こいつ、まじで腹が立つ。
わたしが単語知らないのわかってて、難しい単語使ってるよね? ガイコウ? サシツカエ?
怒りを抑えて思考を巡らせる。その代り、首をかしげてふうん、とだけ言ってみた。
「心配いりません。これ以上、隠しとおすことが難しくなっただけです」
また知らない単語を言って、レイナードは目の前の紅茶を一気に飲み込んで出ていった。

さて。
後ろにサイガに疑問を提示するべきか、ライエに聞くべきか。

自分の取るべき行動を思案しながら、とりあえず出てきた疑問点をノートに書き込みながらクッキーを口にした。

………甘っ。

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