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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
第一章-7「籠絡」
先ほどまでとは異なる笑顔に一瞬目を見張る。サイラギのほうはそんな彼に頓着することなく勝手に道を歩き出そうとしたので、慌てて引きとめた。
「おい。わからないんだろう」
「そうでした」
一瞬ばつが悪そうな顔をしてから、慌てて顔を引きしめなおした。


「で、どうする気なんだ」
「そうですね、じゃあ、こうしましょうか」
いきなり腰にくくりつけていた袋から水筒を取りだす。そもそもお嬢様は自分で物をあまり持たない。従者に持たせるのが普通である。大体において、侍女の格好のまま袋をくくりつけていることも違和感であった。
誰も指摘する者はいなかったが。
「お前、何でそんなもんまで持ってるんだ」
「うちの騎士も先の戦争で行軍してたんですよ。その時の余り物で、もう使わないからってもらってしまいました。便利ですねこれ。森の中で迷っても、穴を掘って水を探さなくても済むんですよ」
素敵便利グッズ大公開! といった口調でうきうきと語る。
「どういう生活をしてるんだ……」
「姫君らしくしとやかに数字を見ながら暮らしていますとも。経理をやっていると言ったでしょう? ああ、後は時々食べ物がないので狩りに出かけますが。こう見えて私、狩るの上手いんですよ。何せ食事がかかってますから」
「いや、見たままだから大丈夫だ」
「酷いですね」
ばかげた会話を交わしながらも、サイラギは水筒のふたをとって中を確認する。嫌な予感に、ファガルは数歩下がってすぐに動ける体勢をとった。
だがすぐに止めなかったことを後悔する。


いきなり彼らの頭から水をぶちまけた。


「起きました?」
乱暴といえば乱暴。安直といえば安直。
とりあえずほめ言葉など出てこない。
「げほっげほっ」
いきなり水を浴びせられた男2人はその水の量と冷たさに飛び起きた。もともと単なる失神である。気つけ薬でも嗅がせればいいものを、なんだってそんなことをするのだ。思わずファガルも大声をあげる。
「いきなり水をかけるな! もったいない!」
「あら、貴族あがりの騎士様でも私と同じこと言うんですね? 大丈夫です、これは王宮支給の水です。というより、何かあった時のために池から汲んできました。飲み水用は手持ちにあります」
「飲み水以外を水筒に入れるな。汚れるぞ」
「本当は気つけ薬とか持ってたら良かったんですけどね。ほら、池の匂いがしていいんじゃないですか? 大丈夫、王宮のものなのできっと綺麗ですよ。たぶん」
「そういう問題か。それより、起こす気なら俺に言え。手段は色々あるんだ」
色々な手段、という辺りに物騒な雰囲気を感じ取るが今聞く必要はないだろうと判断する。もしかしたら、気つけ薬を持っていたのかもしれない。
「わかりました。では次回お願いします」
再び短剣を手に、地面に線を引く仕草をする。陣を描いているように見えて、その実単なる線を引いただけだった。目があったので、微笑んでみせる。
「おはようございます」
声を発さないが目が明らかに怒っている。そういえば口を封じていたんだったと片方の男の猿轡をほどいた。
「ってめっ、溺れさす気かっ」
男らは殺気だっている。当然と言えば当然で、あっさりとのされたあげく2人だけ隔離された状態で縛られているのだ。魔道士は、当然口をふさがれたままだ。
「その程度で溺れないと思いますが」
「そういう問題じゃないだろう」
ファガルは楽しくなってきたらしい。どこか面白がった口調に戻り、壁に身体を預けた。サイラギがどうするか見る気なのだろう。
いちいち面倒な男だ。あまり手の内をさらしたくはないのだが、ここで置いていかれてはたまらない。かといって、この男たちを放置する気にもならなかった。
(我ながらお人よし、といったところか)
「1つ聞きたいんですが。仕事がないのに、どうしてここに残ってるんです? 男手はどこでも歓迎されると思いますよ」
例えば王都から近いアイリスの父親の領地。あそこは魔石が取れることで有名である。魔石掘削には多くの男手が必要だ。危険地帯には、罪人が駆り出されているとのうわさもあるくらい、力が必要な作業であり女子供には向かない。
「けっ、誰が田舎暮らししたいと思うかよ」
「でも、ここで飲んだくれてるよりはるかに有意義だと思いますけど。収入もありますし。ああ、そういえば軍ってどれくらいもらえるんですか?」
最後の質問はファガルに対してである。
「仕事、階級によるが。特に今は平時だからな。何かしら任務についていない限り、最低限の衣食住のみが保障される。衣は軍服、食は朝と夜にヤギ乳とパンが配られるくらいだな。元々任務についていないことがないから、怪我などの理由により任務をこなせない奴のためのものだ。大抵、その場合は国による治療を受けられるからその分の生活費は自分で出せ、といった仕組みになっている」
「で、実際は?」
「俺は軍人じゃないから知らんよ」
知ってるけど言わない、という雰囲気だ。国家機密でもないだろうに、面倒なことだ。
知ってくるくせに、と呟いてサイラギは改めて男らに向き直る。
「私はサイラギ・アッデライド。貴方は?」
あくまでも丁重な態度を崩さないサイラギに渋々といった様子で男が答える。
「………バズだ」
「こっちの方は? すみませんね、でも魔法を使われると厄介なので」
全く申し訳ないと思っていない顔に、ため息をつきながらバズが代わりに言う。
「ヨルンだ。何だ、俺らに名前なんざ聞いて」
「ふむ。では尋ねます」
バズは目を見開く。
ヨルンの猿轡を外したのだ。魔道士の口を自由にさせるということは、この場から逃げ去ることが可能になったことを示す。
――そして、短剣を2人の目の前に突き出した。

「お前らはどうしてあんなところで飲んだくれている。仕事はどうした」

がらりと口調が変わった。
本来の彼女の口調だ。今までの一応は成り立っていた『貴族のお嬢様』としての仮面を剥ぎ取り、『次期領主』としての顔を見せる。
「お前……」
「どうした、と聞いているんだが」
冷静とも言える口調に、嘲るような声で、ヨルンは叫んだ。
「――仕事なんざねえよ。騎士どもに取り締まられた。おかげで3カ月の謹慎で俺らの仕事はない。今までの貯蓄もなくなるほどにな! 元々戦争で駆り出されただけだ、それが大勢死んで勝手に辞められねえ地位になっちまった。それだけだ、今辞めれば莫大な違約金を払わされるんだよ!!」
ヨルンの叫びに、サイラギはまっすぐ見つめ返す。
「もともと、お前らは徴兵されたということか。なるほどな」
この国は、戦時にのみ徴兵が行われる。元々の軍事組織の下に、『使い捨て』として一平卒が加わるのだ。それに貴族の私兵でもある『騎士』が傭兵のような戦のプロのような形で参戦することとなる。
つまり、彼らは『使い捨て』に過ぎないはずが、戦争が終わってみたら『軍事組織の下っ端』になっていたというわけだ。しかしそれにしては実力と教養が不足している。軍部に属せるのはエリートばかり、ある程度の教育機関を出ている者しかトップにあがることはできない。
――下で鬱屈するしかない者の、悲哀。決して上に上がることはできず、かとって外に逃げ出すこともできず。
「では、うちに来ると良い」
「――は?」
短剣を引いて彼らの後ろに回る。縛り上げていた縄を斬りほどき、思わずファガルは身体を起こした。
まだ説得は終わっていないというのに、彼女はもう彼らを受け入れる体勢を作っている――すなわち、彼女は無防備だ。
「お前らみたいな人間は多いのか?」
「そこそこいるぜ」
「では、運が良かったではないか。逃げたいんだろう? ならば、うちに仕えれば良い」
「だから、何馬鹿なことぬかしてんだよっ! 違約金があるっつってるだろうが!!」
「おいっ」
ヨルンが立ち上がりサイラギに掴みかかる。サイラギの実力、そして状況判断ができるようになったのだろうバズが止めようとするが、その前にサイラギが口を開いた。
「私を誰だと思っている」
掴みかかった手に自らの手を重ね合わせ、力を込めた。
「辺鄙な土地で悪いが、これでも領主代行でね。戦争で駆り出されて男手が足りなくて困っていたところだ」
まっすぐ彼の瞳を見つめる。一瞬おびえたような眼。
手負いの獣のような。
だとすれば、サイラギの手に負えない相手ではない。
「王都に住みたいのならば商業を手伝え。お前は魔法を使えるだろう? 十分だ。馬を扱えるのなら伝令として役立つ。領地に来てくれるのならば仕事はいくらでもある。林業や農作業が嫌ならば盗賊退治や国境監視という仕事もある」
改めて言うと面倒な領地だ。国境監視にくらい人を回してくれればいいのに、と内心ぼやきながらゆっくりとバズに視線を移す。
「お前はどうだ?」
「――違約金は、どうする気だ」
「そんなもの」
はん、と鼻で笑った。
「どうにでもなる。王権は強くなっても、軍の力にさほど変化はない。戦争が終わってむしろ政務官の力のほうが強くなったくらいだ。――ならば、領主のほうが地位は上。法の抜け穴くらい見つけてみせるさ」
これから考えるといっているようなものだ。それでいてあまりに自信にあふれた様子に2人は反論を失う。
「おいおい、俺の前でそんなことを言っていいのか?」
からかうようなファガルにも臆することなく頷く。
「ええ。別に構いませんよ。貴方は騎士でしょう? 軍と反目していることくらい百も承知です。実際、このような兵の扱いに苦労していることもね」
ゆるんだヨルンの手をほどき、とんと胸板を押す。力はこもっていないがわずかによろけた。バズが支える。
「貴方がたにとっても良い話では? 軍は、こういった兵士を保養する金額が浮く。騎士団は、取り締まる対象が減る。私たちは、男手を得る」
「私たち?」
「上手く抜け穴を見つけて議会を納得さえさせれば、私のように男手を欲する領地は多いと思いますよ」
改めて2人に向き直る。
「探すまでは時間がかかることは否めない。だがどうせ暇にしているんだろう? 軍には副業を禁止する規定はあっても『お手伝い』を禁止はしてないはずだ。なにせ、貴族が多いからな。実家での仕事を『副業』扱いせずに誤魔化している」
サイラギの領地からも軍人を出している。彼らは収穫期には帰ってきて、手伝いをしてから、また軍に戻っている。帰省扱いだが、その時に稼いだお金については何も言われていない。
「だから、その間に手伝え。そうすればそれに見合った『お小遣い』を与える。――何の問題もない」
だから万が一、軍の違約金解除方法がわからなければその方法で誤魔化してもいいのだ、と付け足す。
「おいおい」
「素晴らしいと思いません?」
真剣な目をして、2人を見つめる。
「私たちには、貴方達が必要なんです」

即答はできない、と返した男たちはすでに心を決めてはいるようだった。サイラギもそれ以上は強制しない。彼らにだって仲間はいる。仲間を裏切ることはできないと考えるだろう。
考えてくれれば良い。どうせ、今、彼女はそのことだけに時間を割くわけにいかないのだ。

「――お前、もしかしてこれが目的か?」
ファガルは隣を歩く彼女に問う。
彼らと別れたあと、ようやくミリアらの元に向かうこととなった。アッデライドが王都に所有する敷地の場所を教えておいた。あとはサイラギが彼らのことを伝えておけばよい。相変わらず都会に目移りしている彼女だったが、その問いにようやくファガルを見つめる。
どこまでもまっすぐで力強い瞳に一瞬気押された。
「目的、とは?」
「今更とぼけんでも良い。さっき領主代行と言っただろう。領主代行をすでにこなし、さらには次期領主。どう考えても王妃を目指してるとは思えんのだが」
探るセリフにしては直球、それでいてどこか投げやりな口調。
サイラギはわずかに考える時間を取る。
ファガルが騎士であることはアトラスの反応や格好からもわかっている。だとすれば、彼もまた王妃品評会に関わっている可能性が高い。どこまで、教えて良いものか。
彼が敵となるか味方となるか――あるいは、それ以外か。
「そうですね、間違ってないといえば間違ってないですが――ファガル様」
「なんだ」
「女性が、領主になることについてどう思います?」
女性が領主になれないという決まりはない。血筋や魔力量を重んじる傾向から、必要とあらば女性でも領主になれるのがこの国だ。
「どう、とはな。俺個人の意見なら、別に構わんだろう。後継ぎ問題も含めて苦労するだろうがな」
女性領主がいないわけではない。だが、基本的にはつなぎにすぎないのだ。
後ろに優秀な男性が控えているからこそ、あるいは次期領主が男性であるからこそ、その女領主は認められる。サイラギとしても、ただでさえ田舎で国の中枢から離れているアッデライドに、これ以上に不安要素を加えたくない、というのが本音だった。さらに付け加えるなら、『サイラギの次の領主』がいない。
「そう――問題が、多すぎるんです」
なかなか踏み込ませないファガルに、なぜかサイラギは警戒心がわかなかった。本当ならばうさんくさい。騎士であるとしても、いやだからこそ、非常に警戒すべき相手だ。
なのに、なぜか。
「ファガル様。アッデライド地方についてはご存知ですか?」
「多少はな。これでも、騎士だ。隠してもそのうちバレるだろうから言っておくが、俺も王妃選びには関与している。詳しくは言えんが、一通りの情報はチェックした」
やはり、関与していたか。
内心頷きながら、サイラギはちょっとしたとっかかりをつくることにした。
このままではらちが明かない。この男の企みはわからないが、アトラスも利用できるか不明な以上、探れる相手を作っておくべきだ。
この男は信用できる。
なぜかそう思わせるものが、ファガルにはあった。

「では、正直に我が領地の最大の問題点をお話します」
アトラスも知っているかはわからない。知っているのは現ラウスデル領の領主であるアトラスの父親と、次期領主であるアトラスの長兄くらいだろう。アッデライド地方の最大の問題点。古い家柄である理由の一つ。

「ヴィラエステル王国民によって追いやられたバリスの民の、惣領の血を引く――それが我が一族であり、バリスの民の血を継ぐ領民の多い領地。それが、アッデライド領です」


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