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小説掲載と読んだ本の感想ブログ。
3「初日の夜」
リューイの暴走を止められるのはサイラギだけ。
ではサイラギの暴走を止められるのは。

一ヶ月まともに過ごすため、荷物を片づけていたアエラは重いため息をついた。
――私だけでは荷が重すぎるわ。速くミリアも来ないかしら……。
一緒になって暴走されると困るが、サイラギをうまく操縦できるミリアはアエラにとって非常に役立つ味方だ。操縦できるだけあって、我が妹ながら変人度は高いが一般常識を持っている分いくらかましである。
サイラギを、上手に操縦できる人が婿に来てほしい。
身分などはどうでもいいから、突っ走りがちで実は危なっかしいサイラギを、守ってくれる人。それが、領民の総意であった。
「アエラ」
音を立てずに扉が開き、弾むような少年の声がアエラの思考を遮った。髪の毛を栗毛色に染めていたため、一瞬誰かわからなかったが。
「……リューイ。ここでは演技しなくてもいいわよ?」
「わかった」
大きな目には好奇心いっぱい、という少年風だったリューイは、彼女の言葉で一瞬にして仏頂面に戻った。それでも、心持ち頬が紅潮しているのは何かいいことを仕入れてきたからに違いない。
「何かいいこと見つけてきたの?」
アエラの疑問に、小さく頷くがそれ以上何も言う様子はない。リューイが言う気がないのなら、アエラとしても聞くことはできない。彼なりに考えがあるならばそれは任せるつもりだ。サイラギのためなら何でもする傾向にあるとはいえ、彼女が危険な目に合うようなことは絶対にしない。今までもちゃんとアエラに相談している。だから言えるのは一つだけだ。
「適当なところでサイラギ様に報告するべきよ? 中途半端でも判断なさるのはサイラギ様ですもの」
アエラの言葉に深く頷いたのを見て、掃除を開始する。
与えられた館の総部屋数は七つで、主賓室の他、応接間、客間、それから世話係のための部屋が四つである。ミリアすらいない今、二つしか使わないのだが。
「部屋が多いと邪魔なのよね」
「サイラギ様は、掃除しなくてもいいと」
「最低限はしないと埃溜まるわよ。万が一誰かに見られてたら当家の品位に関わります。私一人では出来ないこともあるもの、できるだけ整えるように」
「わかった」
そのあたりの配慮が足らないのだ、サイラギ様は。誰とでも気さくに話し、弱い者に手を差し伸べるのは彼女の美徳だ。身分の差を感じにくい気質の領地であることもあり、サイラギが領地内で悪戯をすれば、領主の娘であろうと関係なしにお仕置きをされてきた。もちろん、厳然たる事実として身分の差はある。だから彼女が弱い者を助けるのは『貴族としての責務』だから、といった面もあるのだけど。
「サイラギ様は、何も言わない」
「わかってるわ。あの方はなんだかんだいって、生粋の貴族ですもの。だから、何も言わないのよ?」
「…………」
リューイは何も言わない。彼がサイラギと出会う前、どのように暮らしてきたかなど知らないし、知る必要もないことだ。重要なのは、サイラギは可愛がっているという事実だけ。彼女からの信頼を受けているという時点で、それは絶対の免罪符となる。それは、アエラも同様であった。
「リューイがどう感じるかは私にはわかりません。でも、小言を言ったり周りに気を配るのは私たちの仕事だわ。だからリューイ」
「何」
「もっと、サイラギ様に意見しなさい。いろいろ思っていることあるんでしょう? あなたが使用人としての分を超えてる部分があって、それに畏縮しているのはわかってるわ。でもそれだけのものを与えられているなら、それに見合った働きをして」
それだけよ、と言って、アエラは隣の部屋を片付けるために部屋を出て行った。だから、気付かない。
「ぼくは、そんなの望んでない」
小さな声を、聞いた者は誰もいない。

今日は災難だった。ミスを連発し、リューイに脅迫され、それから――
「はあ……」
さっきから筆が動かない。今日の日誌を早く仕上げねばと思うのに、言葉が出てこないのだ。紙の量産が可能になったとはいえ、いまだに高級なものであることに代わりない。無駄にするわけにはいかないというのに、今にもペン先からインクが垂れそうだった。
「アトラス、暇か」
ノックの音もなく入ってきた気配に振り返ることなく返事する。
「暇じゃない」
だがもちろんその程度でへこたれるような相手ではなかった。
「そうか暇か。暇ならいいことを教えよう今日の星は元気がいいぞさっきから点滅して私に話しかけてくるのだよ元気かいとそれに対し私が手を振ったらほんのり赤らめて答えるんだきっとあそこにいるのは女性に違いない女神だよ女神が私に微笑んだんだまあいつものことだがなにせ私は天才だからね!」
「良かったな」
「アトラス冷たいぞそうかわかった私に嫉妬してるんだななにせ相手は女神だそれに比べお前は最近人間の女との噂も少なくなったな枯れたか?」
「うるさい黙れ!」
聞き捨てならない暴言に、後ろからべらべらとしゃべり倒す相手に向きなおった。
「誰が枯れただ! お前に比べればマシだ!!」
「じゃあどうしたんだ? 星はあんなに元気なのにお前は疲れてるな」
ようやく繋がった会話は、アトラスのことを無視している。だが、いちいちこれの話を蒸し返しては馬鹿をみるのだ。さっきのはそこまでして続ける会話ではなかった。
「お前、今朝言ってただろ。厄日って」
「言ったか?」
「言ったよ。当たってたよ、厄日だった」
「当たってたも何も当然だろう。『厄日』だったんだから『厄日』じゃないほうがおかしい」
彼からするとそうなのかもしれない。アトラスはため息をついた。何せ、目の前に座っている変態は齢24にして星詠みの座に着いた天才なのだ。普通、星詠みになるためには数々の勉学や経験を積み、ようやく試験が受けられる。王都で学問を教える立場に就いたあと、各地で天候を読み、経験を積む。
それなのに、この変態はそれらをすっ飛ばして、試験に通った。星は『読む』ものであって、本来は『詠む』ものではない。だが、彼に関して言えば『星読み』ではなく『星詠み』なのだ。星と親しむ者。星と交わる者。
元は、どうということのない下流貴族の出らしいが、詳しくは知らないし彼も語らない。一度興味本位で聞いたこともあったが、いつもの調子でまくしたてられ何が何だかわからなかった。
星と交わる者。
「どうした?」
「星と交わる者って、そういうことなんだなと」
「僕か? 当たり前だろうなんでお前らが星と交われないのか不思議だ。うるさいくらい喋ってるじゃないか。それを聞きとるだけだ」
「聞こえないんだよ」
「聞こえないんじゃなくて、聞きたくないだけだろう。悪口が多いしな」
悪口が多いのか。
突っ込みどころかどうか迷い、結局口にしなかった。
「あと星は美しい者が好きだ。僕は美しいからな! 星が少し気を使って分かりやすい言葉で喋ってくれるんだ」
「自分で美しいとか言うなよ」
「本当のことだろう」
まるで他意のない星詠みの姿にため息をついた。淡い青の髪は、星詠みであるがゆえに腰まで伸びており、途中で緩く紐でまとめられている。女とも男とも判断できない美貌に、金の瞳が一際輝いていた。
確かに、美しいが。
「美しい者は美しいと褒めないといかんぞ。それでなければ美しいものを見せてもらえなくなる」
「突然背後に立つの、止めて頂けませんか」
不意に後ろに出現した気配に、反射的に剣に手をかけた。構えたくなる自分を懸命に押しとどめる。そう、例え星詠みがいて少しおしゃべりしていたからって、一応執務中。執務中に殴りかかってはいけない。
「固いなあ、アトラスは」
「陛下が柔らかすぎるんですよ」
「そうか?」
「アトラスは柔らかいぞ! あと星が二言しゃべれば時間も終わりだしな!!」
星の時間はわからないが、設置してある砂時計を確認する。
――落ちる。
「おはよう、だってさ」
「てめえ騎士の背後に立つんじゃねえこの馬鹿陛下――――!!!!」
星詠みの言葉と同時に、後ろに向かって肘を繰り出され、避けることを織り込み済みだったその肘は途中で軌道を変え――その拳は狙いたがわずみぞおちに炸裂したのだった。
うっと呻いてその場に崩れ落ちた『陛下』の耳を引っ張って口を寄せる。
「毎、回、言ってるけどな! 騎士の後ろに気安く立つな。気配を隠して近寄るな。敵と判別がつかなくなるだろうが!」
「声でかい」
「わかってるなら、言うこと聞け!!」
一際大きな声を耳元であげ、気が済んだのか立ち上がって転がったペンをペン立てにさす。
「おや、仕事だろう?」
「邪魔しに来たのはお前だろうが……いいんだ、明日朝やる。今日は帰るよ。そうなんだろ?」
最後の言葉は陛下――すなわち王に向けられた言葉だ。
「いや、まさか」
予想通りといえば予想通りのセリフだが。
「か・え・る・ん・だ・よ! 今日は俺も用事なの。いちいちお前の夜遊びに付き合ってられる程暇じゃないんだ」
「じゃあ一人で行こうかなあ」
この王をどうにかしてくれ。悪戯っ子のような瞳でアトラスを見つめる。アトラスは昔からこの目に弱かった。王の近従に選ばれ、年の近い王と喜々として夜の街に繰り出しているのはアトラスである。だが、今日という今日は負けられない。
「頼むから。今日は、勘弁してくれよ」
「そうだぞアトラスは今日は厄日だから下手に出歩いたら死ぬ」
「縁起でもないこと言うな」
「星詠みが言うなら仕方ないか」
なんでそうなる。
激しく突っ込みたかったが、ここで突っ込むわけにはいかない。なにせ、星詠みの言葉は天の助けだ。今日ばかりは、寮に戻らなくてはならない。
「そういうことだから、大人しくしておけ。わかったな?」
「わかったわかった。大人しく部屋で飲むさ」
「だったら僕のところに来るかい? 星と喋りながら星酒を飲むのもいいぞ」
星酒は比較的アルコール度の低いお酒だ。すっきりとした味わいの中にやわらかな甘みがあるため、女性に好まれるお酒だが、ネーミングのためか星詠みはこれを好む。
「通訳してくれるのか?」
「当然だろ。お前らは星と話せないんだからな」
「いや俺は行かないから」
つまらなそうに唇を尖らせたが、アトラスの『厄日』を思い出したらしい、何も言わずにあっさりと引き下がった。
「はい、俺も帰る準備するから出た出た」
素直に追い出されながらも文句を言う二人に、黙れとばかりに仕事中の気休めとして置いてある干し肉を渡すと口をつぐんだ。これで、こっそりと外に出るなんてことはないだろう。大体、王には仕事があるはずだ。
「いい加減、どうにかしろよ?」
「何がだ」
「あんだけ、大がかりな仕掛けにしたんだ。――失敗するな」
声をひそめたアトラスに対し、目を細め、王は口角を吊り上げた。
「当たり前だ。俺が、失敗するはずがない」
王は酷く楽しげな声音を残し、アトラスの溜息は閉じられた扉に反射された。

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